お題01:ご主人
【優しさは暖かな支配者】
貴方は自分の生死を賭けたような末恐ろしい質問に出逢った事はありますか?
「なぁ少尉、あんたこの前アームストロング少佐の妹と見合いしたんだって?」
その瞬間、咥えてた煙草を吹き出し、足元がつんのめりそうになり、ついでに鼓動まで止まりそうになった。いや、ついでで止まるほど弱い心臓のはずではないけれど。それを強制終了させそうなほど、その質問は強力な一撃を秘めていた。
「たたたたた大将……………?」
軍服に隠された広い背中一面に冷たい汗がだらだらと垂れ流れ、訳もなく視線が泳ぎがちになるその行動は、全てが肯定に満ちているも同然である。
「ふ〜〜〜〜〜ん…………………やっぱ本当だったんだ……」
大してあくまでも冷静に、静かに言葉を綴る相手の反応こそが怖ろしいのだと、その時の俺には口が裂けても云えるはずはなかったが。
「や!本当も何も!」
「……嘘なのか?」
「………………イエ本当……デス」
いともあっさりと白状してしまう。
万が一嘘など吐いて、後で真相を知った時の彼の怒りは怖かったし。
何よりも、真理を見た暁宿るこの金瞳の前で、俺が咄嗟に機転の利く嘘など、吐ける筈もなかったのだ。
「何でも、少佐からは想像もつかない美少女だったんだってな」
「………………………はい」
嘘も誇張もなく、それは実際本当の事であるので、俺は素直に頷く。
「綺麗な金髪の、グラマーでスタイルもいい、性格も良さそうな人だって」
確かに彼女の髪は淡い色合いの綺麗な金髪だったが(そういえば件の兄上の、ほんの少しだけ残されている前髪?と同じ色だった)、俺には真下の視界に揺れる、鮮やかな蜜色の三つ編みの方がより一層綺麗に映るのだが。
「家柄も資産も申し分ないし、上手くまとまれば逆玉だったのに惜しい事だ、って云ってた」
………誰が?とは聞かない。
そんな面白半分に人の失恋話を吹いて回る輩には、腹が立つほど心当たりがある。
あり過ぎる。
俺の頭には、赤毛で自称小太り(俺に云わせりゃ大太り)な同僚の、にやにやとした意地の悪い笑顔が浮かんだ。
ブレダの奴、一体何処まで大将に吹き込んだんだ?
事と次第によっては、頭脳派とうそぶくあの重い身体を無理にでも演習に付き合わせて、10kg単位で減量させてくれる、といささか眼の据わる心地で内心で毒づいていた俺の耳に、次の瞬間信じられない台詞が傍らから吐き出されたのだった。
「何でも想い人にフラレタ可哀相な少尉のために、あの大佐が相手を見つけてきてくれたんだってな?」
…………………………………………………待て。
「でもW失恋で意気消沈しているだろうから、少しでも気晴らしに慰めてやってくれって、頼まれちまった。俺が傍にいても、何の役にも立たないと思うけどな。なぁ、少尉?」
……………………………………………頼むから、待ってくれ……………。
俺はそこでようやく大きな思い違いに気付いた。
大将に今回の1件を知らせたのは、どうやら同僚の奴らのからかいでも暇潰しでもなかったらしい。
「少尉が使いもんにならなくて困ってるだのなんだの、散々電話口でぼやきまくって、挙句に俺に渇の1つでも入れてくれ、ってさ。んなもん、自分で何とかしやがれこの無能!……って、さっき怒鳴ってきたトコロ」
誰を?とは聞かずとも分かったが、逸らされた金瞳が視線を合わせることすら許してくれない。
コレは相当……………………怒っている?
どうやら俺も大将も、あの底意地の悪い上司の嫌がらせに、はっきりきっぱり引っ掛かってしまったらしい。
確かにここ数日は、大きな事件もトラブルも中央の将軍の嫌がらせも少なく平穏な日々が続いていたが、人をネタに騒ぎを起こして楽しむ悪癖は心底勘弁してもらいたいと思う。
「けどホントにあいつも暇な奴だよ。わざわざそんなことを云いたいが為だけに、泊まってた宿調べて電話寄越しやがって。んな暇あったら仕事しやがれってんだあのクソ大佐」
正面を鋭く見据えたままの金の瞳、荒い音をこぼす足元で翻る紅いコートの裾、肩で切った風に揺れる鮮烈な色合いの金糸は、紛れもなく怒りの輝きを放っていた。
相当怒っているのは、くだらない告げ口をした漆黒の上司だけに向けられているものだろうか。
「次こんなつまらねー事で呼び出しやがったらタダじゃおかねー。何企んでんだか知んねーけど、人を巻き込むなっつーの!」
苛立つように告げるアルトの声にも、間違いない怒りが込められているのだが、つまらない事と一蹴されてしまう程度の事柄に過ぎなかったのか。
なし崩しに見合いを受けてしまった俺が云える事ではないのだけれど、ちょっとだけ湧いた寂寥感。
平たく云えば、………大将、妬いてはくんない訳ね………。
「…………大佐の悪ふざけは止めらんないけど、こんな事で大将の貴重な時間割かないよう、俺も気を付けますよ」
「あれも大佐にすりゃ嫌がらせの一環なんだから、のこのこ受けてんじゃねーよ」
「はい、すんません」
このタッパだと中々難しいのだが、出来る限り殊勝に見えるよう首を竦めて見せる。
「大体少尉の見合いが俺に何の関係があるってんだ」
「そうっす…ね」
「少尉が見合いしようが上手く行こうが、俺は無関係だろ?」
「そう…………っすよね……」
嗚呼、もうホントに胸が抉られるかも。
別に好きでも何でもなかった相手から断られるのと、好きな相手から無関心を受けるのとでは、遥かに後者の方がダメージがでかい。
何だか無性に意味もなく駆け出して、何かに向かってやけくそのように叫びたい気分だ。
「少尉の未来は少尉が決めることであって、それをあの無能に口なんか出させんな」
「……分かってます」
……………もうホント、走っていいっすか?俺……
「分かってない!」
しかし鋭く告げるアルトが、凄みを増した金瞳が、一瞬にして俺の弱った心を引き寄せる。
逃げても叫んでも、この光からは逃れられないと教えるように。
「幸せは自分の手で掴むもんだ!あんたが決めないでどうする?幸せになって欲しいんだよ、少尉には。少尉が選んだ人と…」
選んだ人、そう云い切った瞬間微かに震えを見せた小さな笑みは、眼の錯覚だとは思えない。
けど次の間には、何時もの不適な表情で、明るく告げる金瞳が決して微笑ってはいなかったから。
「少尉はさ、幸せになれよ」
紡がれなかった声音が小さく届いた気がする。
『俺らの分まで……』
前言撤回。
こいつこそ全然分かってない。つーか、勘違いしてんのはお前だ!
「ちょ!少尉っ?」
隣りに並んでいた金の肢体の腕を取り、手近な空き部屋に連れ込んで壁際に追い詰める。
逃げられないよう顔の両脇に手をついて、少しだけ屈んで目線を合わせれば、何時もと違う光を灯している金瞳にやっと気付いた。
「お前さぁ、何誤解してんだか知んねーけど、俺はお前以外と幸せ作る気なんかねーぞ?」
「誤解も何も……フラレタ少尉なんだろ?あんた」
やっぱそこか……と、俺は大きな溜息を吐く。
「勝手にフラレタ事にすんなよ!っつーかお前、俺のことフッタのか?」
見合いの衝撃で色々記憶が遠ざかってはいたが、よくよく思い出してみれば、俺が意気消沈していたのはそもそもこいつが旅立つ時に、よりによってくだらない事で大喧嘩をしてしまったからだと、今更ながらに気付いてしまった。
しかもこいつの捨て台詞ときたら、
「バカ少尉!とっとと誰かと見合いでも何でもしてシアワセになっちまえ!」
まあ何てタイミングの悪い事に、現実に大将の予言(?)通りになっちまった訳だけど。
喧嘩後で呆けていたとはいえ、断りもせずにうかうか乗せられて見合いしてしまった俺が云うなって話だけど。
それでも、ちょっとした意趣返しな気持ちがなかったとは云わない。
ほんのちょっとでもいいから、少しでも妬いてさえくれたら、少しはシアワセ噛み締めれるんじゃないかって……。
でも俺の大きな勘違いもあった。
視界一杯に広がる金の光。
その奥に、よく見ないと気付けない程の痛みがある。
そうだった。こいつは痛みを怒りにすり返る悪癖の持ち主だった事、忘れてたよ。
「ゴメンなエド、勝手に見合いなんかしちまって。俺が悪かった」
「………………別に、俺が見合いでもしろって云ったんだから、俺に謝る必要なんてない」
さすがに俺と違って最年少国家錬金術師の少年は、自分の云った台詞をきちんと覚えていたらしい。
「傷付けて、悪かった。お前が人並に妬いてくれんじゃねーかって、勝手なこと思ってたんだ。お前だって傷付くのにな」
痛みに強いという事は、それだけの傷を負ってきたからだ。他人の痛みに誰より敏感なこの少年は、自分の痛みを隠して笑う。ホントは誰よりも優しいから、人の幸せ願って自分だけ痛みを受けようとするのだ。
少しはその重みを分けて欲しいと願っても、さり気なく背負ったまま歩き出してしまう。
この小さな体に、過ぎるほどの重みを抱えながら、何時だって強く鮮やかに。
「………なぁエド、1コだけ教えて?俺が見合いしたって聞いて、少しは妬いてくれた?」
逸らされたままの金瞳を追って、更に間近で覗き込んだ。
その真意を、今度こそ間違えないように。
「……………少し……だって…?……」
煌めく金瞳が刃のように、こちらの視線を射抜く。
その鋭さに逸らしたが最後、心の奥まで切り刻まれそうな輝きを怯まず受け止めた。
「大いに、の間違いだ!人の気試すんだったら他の手使えこの馬鹿少尉っっ!」
続く悪口も、耳まで紅く染めた秀麗な貌に云われても、怖くはない。
それどころか、久しぶりに間近で垣間見る睫毛の長さや薄く開いた紅唇、怒りで染まった目許は閨の中で潤んだ時にそっくりで、思わず欲情しそうになった、とか云ったらその鋼の右手が飛んできそうであったが。
滾る熱を隠さず告げるため伸ばされた腕に、掴まれていた胸倉をそのままに俺は更に顔を寄せて、熱の恩恵を受けるべく触れ合わせる。
「しょ………っ」
人並以上の経験値と思考を持つ少年であっても、俗人と同じ感情を持っていることに酷く安心した俺は、俗世極まりない行為でその嬉しさを伝えた。
ぶっちゃけ、恋人に甘い焼きもちを送ってもらえるなんて、何より嬉しいシアワセだろう?
恋する少女のように単純なものではなかったけれど、素直じゃない事にかけては天下一品のこの少年からこんな台詞が飛び出してくるだけでも、僥倖というほかないんだから。
「……ん……んっ……!」
ホントに嫌いなら、舌を挿し入れた時点で容赦なく噛み切られてるよなぁ、とか物騒な思考が頭を掠めたのはここだけの秘密。
でもこの甘さを味わう事を許された時点で、もう俺にはこれを手離す気は更々ない。
「…しょ……い……も…っぅ…」
低く掠れたアルトの響きに下半身が正直に反応する。
がしかし、ここはれっきとした昼間の司令部。
俺はまだまだ任務中。
ああくっそ!じゃなけりゃ今すぐにでも押し倒して腕の中の肢体の抱える熱の中に、自分を余すとこなく押し入れるのに!
「…………………………少尉、今何か不埒な事、考えなかったか?」
ようやく離した紅唇は誘うように濡れたまま、しかし半眼に据わった金瞳が、俺の思考を読んだかのように鋭く瞬く。
「……いや………別に………」
あからさまに視線を逸らしてみせても、密着した身体から伝わる熱は隠しようもない。
けどここで視線を外さなけりゃ、紅唇だのきつく輝く瞳だの、俺にとってはヤバい視覚的暴力に耐えられそうにないのだ。
中途半端に放り出してしまうようで気が引けるが、俺だってまだ焼かれたり撃たれたりする訳にはいかない、絶対に。
耐えてくれ、俺の理性。
「……仕事終わるまで、待っててくれるか?お詫びに飯でも奢るからさ」
「財布の中身、空にするぞ?」
にやりと意地悪げに凄まれて一瞬怯むが、仕方ない。
今回の1件に関しては、全面降伏だ。
「………………煙草代だけでも残してもらえりゃいいよ」
も1度軽く口唇を触れ合わせて、やっと身体を起こす。
そして両手を挙げて、降伏の合図だ。
「覚悟決めたな?」
「そりゃもう。マジで降参っす」
互いの口からこぼれる愉快な笑い声。
こうやって笑い合える事が、何よりシアワセだって思えることが出来る。
優しさと暖かさに彩られた日常が、誰よりもまずこの少年に訪れる事を願って。
「そうだ、少尉」
「ん?」
「……2度目はないからな?」
部屋を出て行きかけた身体をふと止めて振り返る。
細められた金瞳の光が持つ意味に、気付けぬほど鈍くはない。
「……………アイサー」
おどけた敬礼であっても、込められた気持ちは伝わったのだろう。
出て行く寸前に、艶やかに魅せられた微笑が悪魔のように告げる。
「夜までお預け…な。よく堪えられたな〜少尉。偉い偉い」
まるで犬か小さい子を褒めるように柔らかく微笑まれて苦笑した。
俺の理性こそ試されてる気がすんですけど。
「……あんまし誘うようなこと云うと、襲っちまうぞ?」
扉をするりとすり抜けていった綺羅やかな光にはもう届かないだろうが。
胸ポケットから新たに取り出した1本に火を点けて、日常業務へと戻るべく俺も扉を開く。
何時だってシアワセの欠片は、あの光がもたらすものだ。
だったらそれを手離さないよう、ずっと追いかけ続けるしかない。
抱えた痛みを優しさと代えて輝く光を逃さないように。
「夜までお預け……ってことは、今夜は期待していいんだよな……?」
抑えるのが苦しい熱は、もう限界寸前までに高まっているから。
ふうっと1つ煙を吐き出して、薄暗い部屋を後にする。
抜けた先にあった窓からあふれる陽射しが眩しくて、何より彼を思い起こさせる陽射しが本当に鮮やかで。
焦がれる想いはその陽射しよりも熱くて。
「……………俺今日、獣になるかも…………」
にやけた笑みを止める者はおらず、俺は差し込む光に背を向けた。
心奥に滾る熱の行方はきっと、俺のシアワセを握るあの金色の少年に委ねて。
優しさという呪縛は甘い時へ流れ。
暖かく包む心の支配者は誰より焦がれる金の輝き。
2006/04/25 脱稿
Sawada Yukari Presents.
ヘタレ過ぎる文章に泣きの1つでも入れたいとこですが………(涙;;
書いてみたかった『戦う少尉さん』ネタ。
でもネタ的に未消化だったせいか、書き上げるのにえらい苦労してしまった(汗)
そもそもハボの1人語りは難しいのだと気付きました、今コレで(爆)
個人的には獣になるハボが見たいで……(コラ待て) |

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