お題20:大好き
【EYES LOVE YOU】
「おー、珍しいモン見た」
と、声には出さずに心内だけで呟いたのは、金髪金瞳の秀麗な面差しの少年。
通称『鋼の錬金術師』でよく知られている、エドワード・エルリックが後見人のいるここ東方司令部に立ち寄ったのは、見事4ヶ月ぶりとなるのだが、その間に季節は順序通り移り変わり、暑いくらいの陽射しとまだほんの少しだけ冷たい風に、心地好く惰眠を貪っている目の前の人物を、微かに見開いたその稀有な眼差しで驚きを示した。
そこは司令部の奥まった一角。
余程敷地内に熟知していないと分からない、萌える名もなき緑の生い茂る小さな空間。
柔らかい新芽の敷布の上には、狭い空間これでもかと長い手足を伸ばした大型犬………もとい、大型犬のように人懐こい性格の青年が横たわっているのだった。
もとより、彼がこの場所にいること自体にさして驚きはない。
何故ならこの場所をエドに教えてくれた人物が、今ここで正体不明に眠りこけている彼であったから。
ただエドの驚きを引き出したのは、あと2〜3歩という距離にまで近寄っても、犬のように気配に聡い彼が未だ意識を戻さない事にあった
今まで何度かこんな場面に出くわした経験はあるが、どれもみなこの場所を死角となしている建物の角を曲がった途端、この空のように青い瞳と共に声を掛けられるのが常である。
それなのに。
「…………スゲ………マジ寝してる……」
職業柄どうしても人の立てる物音に誰より敏感な青年だったから、細心の注意を払って気配も絶って、静かに横たわるその傍に膝をついた。
「酷ぇクマ……こりゃ3日は寝てねーな…」
今は閉じられている目蓋のすぐ真下に濃く刻まれた黒いソレに、内心でひっそりと溜息を吐く。
顔を合わせれば、やれ毎日きちんと寝ているかだの、やれきちんと食事は摂っているかだの、エドの不規則な生活態度に対する小言を紫煙と共にこぼす青年であったが、いざ一事が起きた時にはエドの比ではない程不規則に満ちた生活を余儀なくされる、その過酷な労働条件にいっそ同情の欠片が湧き起こった。
エド達兄弟の旅は、誰に強制を受けた訳ではない、自分達の選んだ道程だ。
軍の狗という枷はあっても、上司に入れる定期報告以外に縛られるものもなく、得るものに辿り着けない焦りはあれど、それを急き立てられたり咎め立てられたりした事はない。
そもそもそのことを咎められる筋合いもない。
それが軍に入るためにエドが出した条件だったのだから。
勿論それが、いけ好かないと本気で思っている漆黒の上司の最低限の気遣いだという事も分かっている。
国を揺るがすほどの一事が起きた時には、有無を言わさず軍属であるこの身にも、招集という名の足枷が嵌められてしまうだろう。
けれどまだ日常という時間に、旅を続けられる事を許されている身としては、青年の立場は想像もつかない厳しいものに感じるのだった。
青年の選んだ道は、エドの生き方とは真逆を行くものだ。
部下の命を背負い、上司の命を担い、使命と命令と義務にがんじがらめに捕らわれて、プライベートすら時には犠牲にせねばならない、非情で過酷な世界を何故、この青年は選んだのか。
今までそれを尋ねたことも、語られた事もなかった。
けどそこに覆せぬ強固な意志があり、掲げる誇りと叶えるべき望みがあるのを知っているからこそ、互いの生き方を詮索する気は1度だってないし、問い詰めようという思いが浮かんだこともない。
これからも、その想いに変わりはないと云い切れる自信がある。
ただふと、時折聞いてみたくて、けれど口に出した事のない問いかけは、ずっと胸の奥に仕舞ってあった。
「あ……少尉の睫毛、金色だ」
芝生の上に無造作に散らばる淡い金髪。
紅いコートの背中に揺れる自分の三つ編みのそれと比べて、日に焼けたように淡くほんのりくすんだその色彩と同じ、意外に長いその睫毛にじっと視線を当てる。
よくこの青年は事あるごとに自分の髪色を褒めてくれるが(勿論照れて今までマトモにお礼など云えた例しははないが)青年のこの金色もキレイだとエドは常々思っていた。
まだ幼かった頃。
母も弟も健在で暮らしていたあの黄金の日々。
見るべきものなど何1つない辺鄙な寒村ではあったが、弟と幼馴染みの少女と3人でよく駆け回ったあの名もなき丘の向こう側には、この淡い金色が陽射しを受けて輝く一面の大海原があった。
幼い身体をすっぽりと隠すほど背丈の高い揺れる金色の穂の群れ。
柔らかく頬を撫でる穂先を持っていた、何気ない日常の象徴でもあったあの草の名前は、何だったろう…………
「…………………コラ。いつまで人の寝顔タダで見てる気だ?」
「え…わっ!?」
一瞬深く自分の思考にはまり込んでいたエドは、不意に伸びてきた腕が引かれる仕草に、咄嗟に反応出来なかった。
「はよ大将、久しぶりだな」
「…………狸寝入り……」
「大将こそ、何で声かけねーの?」
聞きながらも腕を掴んだ手は動きを止めず、横たわった姿勢のまま軽々とその小柄な肢体を抱き寄せて、横向きになった胸の中にすっぽりと納められてしまう。
「コラ少尉!寝るな!あんた仕事はっ?!」
「ん〜…俺今日もう上がり………3日更迭されてたもんで…」
「だったら家帰って寝ろよ!」
「大将来るって聞いてたから……寝ながら待ってよーかと……」
半分寝ぼけた声音であったが、それでも密着しているせいでかろうじて聞き取れた会話の内容にエドは眩暈を覚えた。
つまりこの3日の間、ろくに睡眠も取れていないような状況で、仕事も片付いていたというのに忠犬よろしくここで自分を待っていたのだと云い、けれど眠さには勝てず惰眠を享受していたその態度がいかにも青年らしいといえばそうなのだが。
しかし自分がここに立ち寄る事まで見越されていたようで、なんだかほんの少し、面白くない感情が湧く。
「俺はまだこれからやる事あるんだって!」
云ってはみたものの、半分以上眠りの底にいるような相手に本気で抵抗するのも馬鹿馬鹿しく、軽く握った左手でぼすぼすと目の前の胸を叩いてみた。
が。だらりと寝そべっているように見えて、やはり鍛えられたその頑丈な身体はビクとも揺らがず、背に回された腕の力は弱まることがない。
「ったく!」
悪態を吐いてみても、心地好く吹く風と与えられた温もりは容赦なく、エドの元にも安らかな睡魔を押し寄せてくるのだった。
上司への報告の間、副官の女性が連れてきていた愛犬の元へと駆けていった弟の後姿が脳裏を過ぎるが、それすら段々と曖昧に霞む意識の端に溶けていって。
ゆるゆると、同じ色彩に縁取られた金瞳が、視界全部を埋める青に額を寄せて、その意識を落として行くのに、もうそう長い時間はかからなかったのだった……。
一陣の風が吹く。
吹き抜けるそれに乗って、遡った時が刻まれる。
「う〜〜………あー……………………終わったぁー………」
伸びをするごとに、身体に蓄積された疲労が重力と一緒になって、身に感じる負荷が重くなっていく気がする。
「やっと帰れんだなぁ……嘘みてぇ…」
3日前に突発に起こったテロ事件のせいで、司令部内に更迭された時間も、過ぎてしまえばあっという間だったような感じもするが。
しかしまともに身体を休められた時間の余りの極少さには、さすがに鍛えてあるとはいっても体中のあちこちから悲鳴が上がっていた。
事件が起こっても現場で立ち働くのはせいぜいが1日がいいところ。
いざ事件の時にはめっきり有能で、頭脳も錬金術も冴えを見せる上司の素早い働きによって、ここ東方の地でそれ以上テロなどにかける暇はあり得ない。
だが沈静したはいいが、その後に待つ膨大な事後処理に関する書類と格闘するのは大嫌いなその上司のお陰で、本来なら実働部隊であるハボックも、余り得意ではない事務作業に追われて残りの2日を司令部内に立てこもって奮闘せざるを得なかった。
「もうしばらく、自分の名前見んのもゴメンだな…」
何十回となく書かされたサインの最後には、果たして正確に「ジャン」と書いたかどうかすら記憶が怪しい。
だが例えそれが「ジャン」でなく「ジョン」であっても、「ハボック」ではなく「ホバック」であったとしても、今まさに後にしてきたあの執務室に戻る気は、今のハボックには更々ない。
とにかく今は一刻も早く、狭くて汚いながらも、誰の目も気にすることなくすむ我が家へと帰り着きたい一心だった。
「眠ぃ……」
しょぼつく目を擦りながらも、咥えた1本を揺らしながら更衣室へと向かう広いその背に、聞き慣れた声がかけられる。どんな非常時でも、無視する事など絶対出来ない、東方司令部最大最強の女性の声には、さすがのハボックも背筋を伸ばして振り返るしかないでいた。
「丁度良かったわ」
「あの、ホークアイ中尉、俺自分の分はやっつけましたけど…」
まさか帰宅延期なのか?新たな仕事が勃発でもしたのか?俺ってタイミング悪ぃ???
焦る内心の思いとは裏腹に、普段通りの茫洋とした表情で振り返ったその顔に、当てられた赤褐色の視線は先程まで鬼の形相で上司を追っていた影は鳴りを潜めて、酷く穏やかなものに満ちている。
「違うわよ、ハボック少尉。さっき一般回線から連絡があって」
内心の呟きを見透かされたような返答に、苦笑でもって髪をかき上げるが、不意に届いたその単語に次の瞬間意識が釘付けになってしまう。
「エドワード君達がもうすぐ到着するそうなの。一応知らせておこうかと思って」
大っぴらには吹聴した事はないし、実は付き合ってますと宣言したつもりもないのだが、自分の所属するあの執務室のメンバーには根こそぎ知られているエドとの関係に、こういう時は至極返答に詰まったりしてしまうのも自分らしい、と、云えるのだろうか。
「あ………そうなんすか…?」
「帰宅するならその旨をエドワード君に伝えておくけれど」
どうする?と視線だけで問われて、しかし咄嗟にそれには思いっきり首を横に振っていた。
「いや、じゃ暫らくどっかで休んでます」
我ながら現金なものだと苦笑が滲むが、コレばかりは仕方ない。
どんなに周りに冷やかされても、からかわれても、もうあの光を手にした現実を、なかった事に出来る程ハンパな気持ちではないのだから。
「分かったわ、ではエドワード君には貴方が仮眠室にでもいると…」
「あ、いや、中尉」
微笑ましいという表情で告げられる彼女の親切心は嬉しかったが、あの薄暗くて狭い、とても睡眠に快適とはいえないスペースへは、ハボック自身これっぽっちも行きたいと願っていない。
サボり魔の上司ほどではないが、ハボックとしてもサボるのに最も適した場所があるのを知っているだけに、その伝言は逆効果だった。
「いや……大将には俺がいるってだけ伝えといてもらえれば、いいっす」
「そうなの?」
心底不思議そうに聞き返されるが、おそらく理知に聡いあの少年ならばそれだけで伝わるはずだと、何故か根拠のない自信が不意に心に湧く。
青い空、緑に映える木洩れ日、吹きぬける風の心地好さを彼に教えたのは、紛れもなく自分であったから。
そこにある空気を察したのだろうリザの顔にも、暖かい笑みが滲み、短い了承の意を伝えて去るその颯爽とした後姿を見送って、ハボックも出口へと足を向けた。
勿論家路に向かうためではなく、自分と彼だけが知る、とある場所へと急ぐために。
「待ってるからな、大将…」
そう呟いた己の顔が、先程までの焦燥の影が薄らぎ、酷く嬉しげで柔らかなものに変わっているのに、通りかかった下士官達の表情で知る事になるハボックだった。
風は吹き行き、時は戻り。
2人の時間がまた、重なる。
「……んー……」
大地の褥に寝転んだその瞬間から飛んだ意識がようやく覚醒を始め、ふと腕の中の温もりに気付いて、大きく目を見開いた。
「おっ!大将、何時の間に……」
抱き込んだ意識は勿論の事、寝ぼけていたハボックには欠片もなかったが、そういや夢現に鮮やかな金色の影を見たと感じたのが、夢ではなかった事に酷く安堵する。
「どーりであったけーはずだよな」
そろそろ汗ばむ季節ではあるが、日が暮れてくれば風の冷たさだけが体感温度の低さを感じさせる、気温差の激しい今日この頃だったから、抱きこんだ腕の中の温もりはやけに心をホッとさせる暖かなものを有していた。
すっぽりと包まれた肢体は、普段の勝気で不遜な態度は鳴りを潜め、穏やかでいて秀麗な顔立ちがより一層浮き彫りになっている。
口の悪さには定評のある少年だったが(何せあの口自慢の上司とタメでやり合うことが出来る貴重な人材だ)微かに開いた紅唇からは安らかな寝息だけをこぼし、何よりも生気と意志に輝く金瞳が閉じられていると、人形のように精巧に整った顔から受ける印象は、酷く繊細なものだった。
出逢った当初、この小柄な身体全体に巻き付いていた有刺鉄線のようなオーラは、何時しか自分の前だけでは音もなく取り外されている事に気付いたのは、こういう関係になるより暫らく前の事。
唯一心を許していた弟に向ける笑みと同じものを向けてもらった時の、あの衝撃に満ちた嬉しさは、言葉が拙くていまだに伝えられずにいたが。ハボックの胸を激しく揺り動かしたあの笑顔は、まさに愛しい人の笑顔を太陽やら光やらに例えた昔の詩人に敬意を表したいと思わせるほど、心から実感できるものだった。
「少し…痩せた、か?またどーせ無茶な生活してたんだろうな」
夕暮れも間近に迫ってきているのを肌で感じ取りながら、そろそろ大将起こさないと風邪引かしちまうなーと、頭では分かっていても、余りに穏やかな寝顔に起こす事がいっそ犯罪に思えるほど、その一言が中々かけられずにいるハボックの空いた手は、ずっとその金糸のこぼれる波を撫で続けている。
旅暮らしでロクに手入れなどもされていないだろうその髪は、本人の気質を映してか真っ直ぐさとしなやかさを備えて見事な光を弾き、実は密かにその手触りがお気に入りなハボックだった。
飽かずずっと撫でていたい衝動を覚えるが、本気でいつまでもここに寝転がっている訳にもいかず、さて何と声をかけようかと考えていた青の視界に、突然金の煌めきが差し込まれる。
唐突過ぎて、かける声音もないまま暫らく互いの瞳を凝視してしまう破目になったが、まだ起き抜けの暁色は普段の強気な光は薄く、どこか遠くを見るように視線を彷徨わせる金の視界に何を見たのか、少し掠れたアルトが小さく囁きをこぼした。
「青い………太陽、だ…」
「……は?…」
淡い金色の穂先になぞられた、真円を描く青い光が、金色の視界の中で驚きの色を乗せて瞬きを上げる。
「金色の空にさ、青い太陽が浮かんでるみたいで………綺麗だ…な…」
そう言葉を漏らしてまた閉じられた金瞳を追ってみても、またも夢路へと辿ってしまった寝顔は酷くあどけなく、先程以上のためらいが心を過ぎって声をかける暇がなかった。
「太陽って…」
ついさっき、この少年の笑顔を太陽のようだと考えていた事を見透かされたように、エドの口からこぼれた台詞に苦笑する。
「それって、俺なりに解釈しちゃっていい訳?大将」
エドが夢現に見た瞳の色を、太陽のようだと思ってくれているという事は、少なくとも彼の中での自分という存在がどれ程愛しいものに分類されているか、自分を振り返ればいとも分かりやすい。
「……うわっ……なんかすっげ………嬉しいかも」
天上に輝く唯一の光。
心内に輝く至上の光。
お互いに相手をそう位置付けられていたのだとすれば。
どんなに離れていても、ふと脳裏に浮かぶ暖かな光を思い浮かべれば、それがあなたの笑顔に繋がるというのなら。
「寝言でなんちゅー嬉しい事抜かしてくれんだか、こいつは…」
緩む顔が抑えられずに、ゆっくりとその意識が目覚めぬ事を祈りながら、小柄な肢体をそっと抱きかかえた。
傾けた顔の向きに習って露わになったその白い額に、触れるだけの小さな口吻けを送り、ハボックはゆったりとした歩みで、建物の影へと向かう。
「今日はお持ち帰り決定。…アルにも知らせとかなきゃな」
殊のほか心配性なあの鎧の弟に顔を合わせるまでには、何とかしてこの顔の緩みは修正しなければと心内だけで考えながら、それでも腕にした太陽の如く愛しい少年の頬に、静かに自分のそれを触れ合わせた。
「好き過ぎて、壊れそうって、こういう事かな…?」
小柄とはいえ1人分の体重を抱えていても、ハボックの歩みに乱れはなく、いとも優しい仕草で抱いた腕に力を込めて、表玄関へと通じる角を曲がる。
その瞬間に触れた甘さを知るのは、愛しい少年に太陽と称された青瞳の持ち主ただ1人。
人も動物も、植物も大地も、誰もがこよなく愛する天上の輝きに例えられるは。
愛しい人。
最大級の賛辞と愛情がそこに込められていると、その一言が語ってくれるから。
「大好き」という台詞より、あなたの真意がより深く感じられたその言葉が、何よりもの嬉しい贈りもの。
「んじゃ俺にとっての太陽は大将ってことで、よろしく」
使い古された言葉は、けれどそれだけ全ての真理が込められているからこそ、使い回されるものなのだ。
2006/07/17 脱稿
Sawada Yukari Presents.
甘いですが、それが何か?(←無駄な開き直り;;)
今回も歌詞はすぱっと見送りです(笑)余りに内容とそぐわないもので;;;;
よくエドの瞳が太陽に例えられるのは見かけるんですが、あえてハボの瞳も太陽みたいだと、エドの口から云わせてみたかったんですvv
金色の睫毛と青い瞳ってきっと綺麗だろうなぁvvと、私自身が思ったもので(笑;;;
お持ち帰り後の話も書きたかったんですが、やたら長くなりそうだったのでこれもすぱっと見送り……(←見送っていつか書くのか???
………最近エロ書けないですすいませ…orz(←求めてないから大丈夫!)
忠犬にあるまじき(笑)フライングしてますが、それもまた有り、かと……(え)
………有りですよ、ね?(ちょっと弱気/笑;;;;;;) |

|