【ROUND 2】
3方をペルシア湾に囲まれ、小さい国土の半数を砂漠が占める西アジア有数の近代国家。
国の政財を握る石油に恵まれて、首都ドーハは欧米諸国にも引けを取らぬほどの近代的なビルが立ち並ぶこの国に、初のサーキット場が開設されたのはまだ数年前のことだ。
富に国全体でもって力を入れているあらゆるスポーツへの投資の中に、モータースポーツの誘致をめぐっての激しい攻防戦を繰り広げ、見事2輪・4輪どちらも最高峰カテゴリーであるレースの開催にこぎ付けることに成功した、その華々しい経歴を経て今年もまた熱砂の国に爆音が轟く時期が到来する。
MOTO GP第2戦 カタール・ロサイルサーキット。
ジャンにとっては初となるサーキットでのレースが、幕を上げるのだった。
「や、エドワード」
「げっ!?」
数多いる女性陣からは、穏やかで紳士的と称されるその笑顔も、エドにしてみれば胡散臭い以外の何者でもない爽やか過ぎる表情を浮かべて近寄ってくる人物に、こちらもこれ以上ないくらい引き攣った顔で出迎える。
「何だねその嫌そうな顔は」
「いや単なる条件反射?」
「こちらに聞かないでくれたまえ」
はあっと悩ましげに溜息をこぼす仕草さえ様になるほど端整な顔立ちは、およそ実年齢を裏切って酷く童顔でありながら、それでも育ちの良さが滲み出ている隙のない身ごなしは、いわゆるセレブと呼ばれる上流階級にありがちな洗練されたムードを醸し出していて、更にこの青年の年齢不詳さに拍車をかけていた。
「っつーか、何であんたここにいんの?」
「私は君たちのチームの何だったかな?」
「メインスポンサー?」
「疑問にするんじゃない。事実なのだから」
相変わらず顰めた眉間を翻しもせず応答を続けるエドの右手を取って、自然にそこへと口吻けるのを止められなかったのは、余りにそれが自然体すぎてうっかり見過ごしてしまったからだろう。
「相変わらずつれない事だ、毎回こんなに真剣に口説いていると云うのに」
「……っつーかさり気なくあんた何してんだっ!!うっわ!手消毒!アルコールドコだっっ?!」
「……ホントに君は毎度失礼な奴だな」
「それはこっちの台詞だっっ!!」
金と黒の好対照な2人組みが、ピットレーンのド真ん前で繰り広げるこの騒ぎは、最早この「チームフラメル」にとっては毎回のお約束みたいな出来事であった。
「おーい、ハボ」
「んー?」
「…………………………何してんだ?お前」
「見て分からんか?」
「分からんから聞いてる」
腐れ縁とでも云うべきこの小太りな男は、酔狂にもジャンがモータースポーツの世界に復帰すると決めた直後、何故かそれまで努めていた弁護士の職を辞めて、パーソナルマネージメントをかって出てくれた同郷の幼馴染みである。
実際人は見かけによらないというが、まさにその言葉はこの男のためにあるようなものだとジャンはいつも内心思っていた。
ハイスクールを首席で卒業後、カナダでも有数の国立大に進み、難関と呼ばれた司法試験にも1発合格を決めた後は、さる大手弁護事務所へと将来の駒を進めた、実はとても頭の切れるエリートコースを着々と歩んでいたにも関わらず、それまで大して興味もなかったろうモータースポーツの世界に単身飛び込み、今ではワークスチームお抱えのエージェントに引けを取らぬほどの凄腕の交渉人として、確実に名を上げてきている。
そんな昔ながらの友人に、過去に1度だけ問うた事があった。
何故将来的に堅実で保証されていた前の職を断ってまで、不安定さは隠しようのないこの浮き沈みの激しい世界に来る事を選んだのか。
「面白そうだと思った。それだけだ。退屈なのは性に合わねーからな」
そう云って豪快に笑った男は、暗にお前についていきゃ退屈しなさそうだと、瞳の奥で本音を告げていて、そういや頭が切れる分、こいつは何でも新しいモノ好きな性分だったと思い出す。
あえて未知な世界に飛び込んで、自分の力試しをするような剛毅な性格の持ち主でもあったなとふと思い返し、認めたくはなかったがコレが腐れ縁の由来かと、ジャン自身苦く笑ったものだった。
要は似たもの同士なのである、お互いに。
「タイヤの空気圧を計って、今日の路面に最適なモンを選んでんだよ」
「ほ〜」
「なんせまだ4月だっつーのに、この砂漠地帯じゃレース開始の頃には優に路面温度は40℃くらいいきそうだからな」
「ハードでいくか、ソフトにするか、って事か?」
タイヤというのはレースにおいて、実はとても重要なポジショニングを担っている。
特に4輪のマシンと違い、2輪ではたった2本のタイヤにしか地面との接触面がない訳であるから、そのグリップや摩擦力などは、スピードやコーナーリングにおいてかなり重要な役割を持ってくるのだ。
「ハード過ぎて滑っちまっちゃ意味ねーし、かといってあんまりソフトなのを選んじまうと、今度はバーストする恐れがあるしな。こういう焼け付くような路面はホントにこえーよ」
そうは云いながらもどこか楽しげにタイヤを選択している背高の横顔に、男はふんと鼻を鳴らして低い声で呟く。
「まあ俺には専門的な事はよく分からんが、お前が無事に帰って来れりゃあ俺の仕事は一段落だ」
「お前……それがMOTO GPライダー付のマネージャーの云う事か?」
仮にも2輪レースの最高峰クラスの選手に対して云う台詞ではないとなじってみても、さすがに年季の入った付き合いだけに、あっさりとそれはかわされてしまう。
「俺の仕事はあくまでお前のスケジュール管理と、契約のための交渉事の請負い、それとお前が負傷した時のアフターフォローだ。それ以上俺に期待すんな」
「しかしいい加減1年近くこの世界に足突っ込んでんだから、少しはマシンの知識でも仕入れりゃいいじゃねーか」
そんなジャンの台詞にますます鼻を鳴らして男は言葉を放り投げた。
「それこそお門違いだな。それは専門家がいるだろーが。お前専用のメカニックの大将がな」
云い切ってにやりと意地の悪い笑みを浮かべる男を、眇めた青瞳が睨みを効かすが、その程度で竦むような細い神経はその小太りの身体のどこにも存在していない。
「てめ、ブレダ、軽々しく大将とか呼んでんじゃねーよ」
「おー焼き餅か?それなら俺じゃなく別の奴にしとけ」
「あぁっ!?」
剣呑な光を浮かべる青瞳すら面白げに見やって、ブレダと呼ばれた男は今自分が通ってきたピットレーンへの通用口を顎で指し示した。
「また来てるぞ、あのオイル会社の若社長。今表でエドの奴が対応してっけど、俺が見た時にはもう沸騰寸前だったな」
「それを早く云えーーーっっ!!」
手にしていたメーターを放り出す勢いで自分の脇をすり抜けて表に向かうその図抜けた身長を振り返り、最近もっぱら出てきた事は否めない腹を揺すって、更に笑い声を上げるブレダである。
「やっぱあいつの傍は退屈しなくていーや。特にエドの奴が絡むと、あれがホントにカナダの英雄と呼ばれてる男と同じ奴かと、目を疑うぜ」
高笑いを残して、ブレダも表の騒ぎを野次馬すべくゆっくりとジャンの後を追う事にしたのだった。
金、土、日と3日間をかけて行われるレースの内、中日2日目に行われる予選2回目。
ここで出る最後のタイムがそのまま本戦での順位に響くとあって、サーキット上では本戦さながらの激しいトップ争いが繰り広げられている。
予選開始早々に、マシンの出来を示すようにベストラップを刻んでくる者、ライバルチームの動向を窺いつつ予選最後の方にタイムを競ってくる者、各チームごとの思惑も絡ませながら、予選とはいってもその厳しさは決して本戦に劣らぬほどの様相と、熾烈な順位争いを見せ始めていた。
タイヤを暖めるためのウォーミングランに出ていたブルーのマシンがピットレーンに姿を見せたのを、同じくチームカラーであるブルーの制服に身を包んだ小柄な肢体の持ち主が、ピット前で出迎える。
「調子はどうだ?」
瞬く金色は真剣な眼差しで鋭く尖り、まだ10代とは思えぬ落ち着いた物腰からは、既に貫禄ともいえる威厳をも漂わせ始めていて、これもみなメカニック達を束ねるチーフ兼義母である有能な女性の、教育の成果かと思わざるを得ない。
「何笑ってんだ?」
ヘルメット越しでそうそう声が漏れる訳はないのだが、軽く眇めた青瞳からその思考を読んだかのように、真っ直ぐ睨み付けてくるその気の強さがよく現れているアルトに、ジャンは誤魔化すように手首を振った。
しかしそれくらいで誤魔化されてくれるほど、単純な思考の持ち主でないことも了承済みだ。
「真面目にやれよ、もうすぐ予選も終了しちまうぜ」
規定の時間内に走ってタイムを出さなければ、前日までのタイムで順位を繰り下げられてしまう。一瞬だけそれを危ぶむように金瞳が細められるが、しかし瞬きの後にはそれを払拭する不適な笑みが浮かんだ。
「たった1周でトップタイム出す自信があんなら止めねーけど?」
この光に煽られて、引き上げられているのは自分の方だという自覚があるから、ただ瞳を細めて親指を立てる。与えられた信頼と期待に応えるのは、そう悪い気分でもない。
「特に問題はないな?」
短い言葉に含められた確認は、自分が手掛けたマシンと、それを操るジャン自身に向けられている。
最速の瞬間を走り抜ける快感と、トップでチェッカーフラッグを受けることが出来た人間だけが知る事の出来る、あの1番高い位置から見下ろす爽快感。
それを与えてくれるのに必要な、自分の力量と、半身ともいえる足を授けてくれたこの光に何より深い敬愛と、それを上回る熱い想いを青瞳の奥に深く刻み付けたまま。
「まあ見てろって」
「おう、行って来い」
感染ったように不敵に瞬いた青瞳が笑いをこぼして去る、青いツナギの後姿を見送って、エドは耳にかざしたインカムに口早に指示を告げた。
ホームストレート脇に設置された、チーム毎に区分けされているメインブロックのモニターに、青いマシンと一体化したような長身の姿が映し出されるのを穏やかな瞳で見届けて、その視線は本職であるメカニックの厳しい視線に摩り替わる。
アスファルトの上を走り抜けるマシンの挙動1つ1つに目を凝らし、全体的なバランスと細かな部品のセッティングの仕上がりに、プロを自任する鋭い眼差しが注がれていた。
タイムアタックを開始したマシンが、ファーストセクションからセカンドセクションへと流れるようなフォルムで走り抜けるのを、満足そうに頷いてエドは微笑を浮かべる。
この分ならば、結構いいタイムが出るに違いない。
最後の最後まで一瞬たりとも気を抜けないのがレースの鉄則だったが、それでもジャンの走りには安定して眺める事の出来る確かな技術がある。それだけでは決して上を狙う事は出来ないが、多少の無謀を圧してでも揺らがぬその逞しい走りは、彼の精神力が並ではない事も物語っていた。
次々とトップマークが刻まれる画面上の数字に湧き立つ思いを抑え、何気にふと振り返ったそこに漆黒の影を見つけて、秀麗な眉根を思いっきり寄せたのは次の瞬間だった。
「あんた……そんなに暇なのか?」
チームのメインスポンサーである「RED WOLF」の若き副社長であり、アメリカの経済界では名の知れた有数の青年実業家でもある青年が、上質なスーツの胸元にピットパスを下げて、静かに歩み寄ってくる。
「スポンサーである私が、ここにいてもおかしくはないだろう?」
無国籍な端整な顔立ちと、年よりも若く見られる童顔のためか、ゴシップの少ない経済界において、いつも華やかな話題に事欠かぬ人物としても有名である青年は、到底暇であると思えぬ身体でありながら、よくこうしてレース場に姿を見せた。
「普通スポンサーってのは、金だけ出してそうそう現場には立ち会わないものなんだけどな」
「まあ今回はたまたまだ。丁度この国の首相とディナーの約束があったものだからな」
世界でもトップクラスの品質を誇るオイル会社の副社長と、その原質である石油の大量輸出国である国のトップが会談するのは、何も珍しい話ではない。
国が一丸となって担っている産業のお得意様をもてなすのは、どこの会社でもやっている接待業務の1つだからだ。
「堅苦しいおっさん達に囲まれてディナー、ね。暑苦しい事で」
応じるエドの声に同情の余地はなかった。
スポンサー相手となれば、普通ならばへりくだるまではいかなくとも、一応VIP待遇で持てはやされるのが常であるにも関わらず、この少年は誰が相手でもこの強気な姿勢を崩す事がない。
それが余計青年の興を煽っているとも知らず、エドは胡乱な視線を背後に流して更に言葉を綴る。
「こんな砂漠くんだりまでやってきて、暑苦しいおっさん達と熱いディナーを過ごすなんて、因果な商売だね」
肩を竦めて茶々を入れる細い肢体の真後ろに立った青年が、ならばと、良く通る低いテノールで囁くように返した。
「その後に一緒に夕飯でもどうだい?ビジネスディナーの席ではまともに食事などした気にならないからな。君が同伴してくれるのなら、1流ホテルのレストランをリザーブしておくが?」
「あ、そろそろ結果が出るな」
暖簾に腕押しとばかりに誘いを一蹴してエドはモニターに視線を戻す。
その背中に深い溜息がこぼされるのを黙止して、現れた順位表に金瞳に増した輝きが素直な喜びを表現していた。
「妬けるな……」
「は?ってか、まだいたの?あんた」
繋がらない会話を打ち切るようにそこに降り注いだ轟音は、青い車体を輝かせてピットに戻って来た長身の肢体によって。ピット奥に佇む2人を見るや、ヘルメットを取るのももどかしい仕草で、荒々しい足音で近付いた。
「これはマスタング若社長、今日もいらしてたんですか?」
「やあハボック君、調子が良さそうだね」
「えぇおかげ様で」
にこにこと、エドを挟んで対峙する青年2人の顔には、揃ったような愛想笑いが浮かんでいたが、交わされることのない手はお互いの身体の脇で、静かに拳を作っている。
呆れたように吐息をこぼすエドの耳に、付けられたままのインカムから独特のハスキーな声音が響いて、いい頃合いだとエドは背後を振り返った。
「マスタング副社長、監督が挨拶するそうですから、あちらにどうぞ」
エドが手のひらで指す先に、ピット内ではやけに目立つ大柄な体格を持つ強面の男が、こちらに向かい軽く会釈するのを見止めて、ロイは仕方ないと云いたげに軽く肩を竦めると、通り過ぎ様エドの肩を叩いて告げる。
「今度は色よい返事を聞かせてもらいたいものだ、期待してるよ?」
「一生ないから忘れろ」
不機嫌なアルトにもめげることなく微笑を返すその背中に、鋭さを増した青瞳が睨みを効かすのをエドはどうどうと、宥めつつヘルメットとグローブを受け取った。
「どうどう、じゃねぇ!お前目の前で恋人ナンパされて喜ぶ男がいるか?」
「ナンパっつーか、あれはあいつにとっちゃ挨拶の一環みたいなもんだから、適当に流しときゃいいんだよ」
この世界に2年ぶりの復帰を決めたジャンであったが、何より驚いたのは、昔からレースに深い繋がりのあった古参のオイル会社の次期社長が、エドと知り合いであったという事だった。
今はまだ現役の社長の代行という形で、それを揶揄して若社長などと呼ばれているが、そう遠くない未来に既に実権を握って久しい黒髪黒瞳を持つあの青年が、名実共にトップに君臨するのは明らかで、それ程の実力者とエドが知り合いだというのは1ライダーに過ぎないジャンから見れば、酷く驚愕を覚える事実である。
後で聞いた話によれば、もうすぐ会長職へと退く現社長にも殊のほか気に入られているという事実の裏には、過去に家族ぐるみで親交があったとも伝え聞いた。
今は生死も不明なエドの父親と現社長が古くからの馴染みであると教えられ、先程の青年とも昔馴染みなのだと云われてしまえば、過去話に嫉妬するのも大人気ないと分かっていても、ジャンとすればイマイチ内心のもやもやがスッキリする訳でもない。
実際今現在誘われている姿を見るのは、恋人を自認する身としては非常に腹立たしい以外の何者でもないのだから。
「しかしどう見たってありゃただのナンパにしか…」
「仕方ねーよ、あいつ天然のタラシだもん。でも心底女好きだから大丈夫」
何が大丈夫なのか深く問い質してみたい気持ちの裏で、何故にここまで深く拘る必要があるのかと自問した結果、ジャンの脳裏にふと閃くものがあった。
「お前……何でそんなに詳しいの?」
まだ付き合い始めて1年余りの時間しか一緒に過ごした時間はない。だからこそ、レースの度くらいにしか殆んど顔を合わせないような青年との仲がやけに親密で、自分よりも遥かに過ごした時間の長さを物語っているようで面白くないのだと、ようやく気付いたのだった。
「何だ、まさかホントに焼き餅だったんだ?」
問われて気付く内心の大人気なさに、思わず顔から火が出る心地のジャンに、振り返った金瞳は何でもないことのように、さらりと続けて爆弾発言をかましてくれる。
「あいつにしてみれば、兄貴面したくてちょっかいかけてきてるだけだって。ホントだったらあいつと俺、義兄弟になってたかもしんないからな」
「…………………………………誰と誰が?」
「ロイと俺」
余りのショックに声を失くしたジャンを尻目に、エドは続けてその経緯を語ってくれた。
曰く、現社長であるロイの父親が、二親を亡くしたエルリック兄弟の養父として名乗りを上げていた事や、ロイ自身も実は養子である事。メカニックとしてだけではなく、多岐に渡って優秀な才を見せていたエドを、次期後継者として目論んでいた社長の思惑に気付いたロイが、自分の行きたい道へと進む事を支持してくれた事。
「まああいつにしてみれば、横から急に出てきた子供に、自分の地位を奪われるのが面白くなかっただけかもしんねーけど。それでも今は感謝してる。この道にいなきゃ、あんたとは逢えなかった訳だし」
自分の選んだ道に後悔はないと云い切る金瞳は、いつものように鮮やかな光で、まだ黙ったままの青瞳を強く見つめた。
「俺を信用しろよ。あんた以外の誰が、俺の夢まで叶えてくれるってんだよ?」
揺るぎない想いに縁取られて輝く金色が眩しくて、伸ばした腕の中に捕らえて抱きすくめた肢体が、自分の弱さも笑い飛ばすほど強く、したたかに微笑むのを更にきつく抱きしめる。
「……………………………苦しい」
「我慢しろ」
「……………………………暑い」
「も少し」
「……………………………ここピット」
「それが?」
開き直った男は怖い。
ゴワゴワするツナギの胸に顔を伏せたまま、ふと前髪の隙間から辺りを見回してみれば、彼方此方と視線を走らす他のクルー達の不審な挙動が目に付くが、それすら気にもせず強く自分をかき抱く青年の主張に、エドはこっそり溜息を吐いた。
「……ったく」
予選最終アタックで見事明日の本戦でのポールポジションを獲得しておきながら、その感慨も放り投げて自分に懐く男の神経を図太いと評すべきか、明日への緊張がないと叱るべきか。
一瞬躊躇したエドの背後で、わざとらしいテノールの空咳が聞こえてきたのに、仕方ないかとエドは腹を括る事に決めた。
「……たっ大将っ?!」
エドの行動に驚き慌てる長身の首根っこを、腕を最大限伸ばして引っ掴み、背後の気配に向けて威嚇とも取れる極上の笑顔を向けてやれば、驚愕を浮かべた黒曜の瞳とかち合う。
「……ウチのエースライダー、明日が本番の大事な身体なんで、今日はもう引き取ります、よ?」
「あ…あぁ、頑張ってくれたまえ」
度肝を抜かれても何とか言葉を返してくるロイに、さすが有能な実業家の肩書きは伊達じゃないなと内心うそぶきながら、更に追い討ちの微笑みで背中を向けると、そのままデカイ図体を引き摺るように、エドはその場を後にするのだった。
「大将、大将!」
「………ん〜?」
「さっきのあれって………牽制?」
「………………さ〜」
本来ならそれをするのは自分の役目なのだが、すっかり場を持ってかれてしまった悔しさは、しかしエドからの思いもよらない先程の行為に、全ての感情の中で嬉しさだけが上回っていた。
「ならさ、も1回」
「はあ?ここでやっても意味ねーだろ?」
触れただけの口唇に残る温もりは、まさかという思いと、もう1度と願う気持ちを増幅させて、首を捕らえていた手首を掴んで自らに寄せる。
「も1回」
「駄々っ子かあんたは……」
人前では滅多にどころか、全くあり得なかったエドからのそれは、本人にとってもいたく気恥ずかしかったものなのだろう。視線をずらして向けられた耳元に染まる朱が、何者にも代えがたくジャンの心を満たしてくれる。
「も1回」
「……………っ!」
屈んで寄せた口元に、待てば訪れたその柔らかな感触が、トップを知らせるチェッカーが翻る様より嬉しいと思う、内心の本音はおくびにも出さず。
「明日勝ったら、また大将からしてくれる?」
「…………………………知るかっ!!」
逃げる金の肢体を追って走り出すジャンの胸に、明日のレースでの勝利はもう決定事項として確定していたのだった。
2006/07/24 脱稿
Sawada Yukari Presents.
甘ーっっ……;;;;;(砂糖、砂注意報発令中………;;;;;;;;
あ、すいません、ロイ出しました(笑)
この話でのロイはこんなスタンスでいこうと思ってます。
茶化すようにエドに絡んでくる兄貴分みたいな。
でもハボとしては気が気じゃなくてイラっとする相手(笑)
ホントはもうちょっと熱砂の風景を書こうと思ったんですが、暑苦しいので却下;;;;
でも書いてて楽しいのは実はハボとブレの掛け合いだったりします(汗;;;;;
この2人のやりとりって大好きなんですよvv悪友って感じがvvv
次こそもっとレース風景を……つかそれよりハボとエドの絡みを…っ;;;;;;;
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