お題04:おいで


【50%&50%】




「………苦い」
「んー…何が?」



知ってて聞いてくる意地の悪さが性格の一面にあると、気付いたのはこうしてのんびりこの青年の部屋で寛ぐ関係になってから、割と早い時期だった気がする。

チュッと音を立てて、触れただけのそれを手にしていた本から上げた金色の視線が追い、次いでその先にあった青瞳に向けて、軽く睨みを利かせても何処吹く風。
当然のように口元に咥えた煙草の一吸いの合間に、息継ぎのように与えられたキスは、空気のように軽やかでありながら、独特の苦味をほんの少しエドの紅唇に残した。



「……こんな風に本読んでても、前ほど中身が頭に入って来ねぇ」
「どうして?」
ちょっとだけ不貞腐れたようなエドの口調が、その言葉に甘い意味など無いと言い訳してて、ハボックは横目でその眩い金糸の下にある顔を眺める。



「本に書いてあったけどさ。キスが甘いなんて、嘘ばっか」
「大将一体何の本読んでんだよ」



資料という目的もあるが、それ以上に求める知識に貪欲な少年は、何かしらいつも本だの雑誌などに目を通していて、活字中毒に近いその性癖は、要らぬ知識までを彼に与えているようだった。




「少なくとも俺の知ってるキスはいつも苦くて。誰が甘いなんて云い出したんだか、ソレを書いた奴に教えてもらいたいもんだぜ」
辛辣に告げる言葉ほど、内心は怒ってはいない事を知っているハボックは、手元のソレを机の上の灰皿で揉み消すと、正面からその小さな顎を掬うように指をかける。





「苦いばっかり?ホントに?」
「…褒めてねーのに、何であんたはそんな嬉しそうな訳?」





キスが苦いものだと告げるエドに、初めてその行為を教えたのは紛れもなく自分だと知っていた。
それからどれだけの月日が流れても、まだその味を『苦い』と評すなら、エドの中で『キス=ハボック』という図式が成り立つ事に、聡いはずである少年は気付いていない。
そんな初心さが可愛くて、けれど素直で無い少年はきっとそれを認めないであろうから、黙ってハボックは薄く色付く小振りのそれに、そっと自分のソレを押し当てた。



「………ん……っ……」
女性のソレとも違う、柔らかく瑞々しく、熟れた果実のようなエドの紅唇はいつでも舌に残る甘さを含んでいる。煙草を吸った後だから余計そう感じるのかもしれないが、普段甘味をさほど好まないハボックにとっては唯一の、それでいてクセになる甘さだといつも実感していた。


軽く重ねただけでも感じる甘さは、では味わったらどれだけの濃厚な甘みを感じる事が出来るのか。
そんな小さな好奇心が、いつもこの行為を先に進める簡単なきっかけに変わる。




「…っ…ぅん……」
何度も角度を変えて重ねただけの口唇の間から、差し出された舌がなぞるように上唇を舐め、薄く開いた隙間から歯列を辿って中で待ち侘びる舌先に触れさせれば、思った通り頭の奥を痺れさせるほどの甘さが寄越された。


しかしその中に、先程までエドが飲んでいたコーヒーの苦味が僅かに残っていたのはご愛嬌。



「俺はさ、甘いとか苦いとか、そんな事考える余裕はなかったけど」
一旦離れた口唇から告げるハボックの台詞に、すぐ間近で輝く金瞳が軽く見開かれる。



「大将の言い分、少しだけ分かる。なんせ初めての大将の味ってば、寄りによってブラックコーヒーの味だったもんなぁ」
「……味って云うな」






あれはいつだったろう。
想いを伝えて通じ合って。
初恋を覚えた少年の頃のように胸を湧き立たせ。

自分より2回りも小さい細い肢体を抱き締めて、口唇を触れ合わせた時のトキメキと驚き。
さすがに10代の少年の時のように、キスが甘いだけではないと知っているハボックにとっても、よもやエドとの初めてのそれが苦い味だったのは、苦笑と共に忘れられない経験だ。







「大体あん時は俺完徹だったし。しかも資料室で突然あんな風に仕掛けられて、驚いたのはこっちだっつの」




根を詰めることが多いエドの身を案じて、立ち寄った資料室で見かけた真剣な眼差し。

不謹慎といえば確かにそうだったのだが、煌めく金瞳の下に薄い隈を作り、少しだけ憔悴していた様は普段の暴れぶりを知るハボックには新鮮で、それでいて今まで知らなかった新たな表情を垣間見て、どうしてもその瞳の奥の色を覗いてみたい誘惑に駆られたのだ。


初めて触れた紅唇は柔らかく、跳ねる肢体を抱き止めて深く貪れば、予想外の苦味が舌を打つ。


ふと机の上に置き去りにされた、冷えた黒い液体の入ったカップを見つけて、思わずこぼれそうになった溜息を留めたのは、今もって奇跡に近い自分の反射神経に感謝する。




「まさか初めてのキスの後に、溜息なんてついたら今頃俺どうなっていたか」
「んなモン、殴って終わり。他になんかあるか?」




別段、苦かったから残念だったとか、そういう意味ではない。

ただあの頃何かに焦っていて、余裕なく自分を追い詰めていたエドの苦悩が、一口味わって放置されていたそのコーヒーが物語っているようで、その事実にハボックは心を痛めたのだ。





「あの時少尉にキスされて、でも怒るでもなく謝るでもなく、ただ黙って抱き締めて傍にいてくれたろ?あれが何だか酷く………心地好かったんだ」
珍しく素直なエドの言葉に、青瞳を丸くしてこちらを見る表情にプッと小さく微笑う。



「変な顔…そういやあの後も、少尉変な顔してたよな」
「変な、云うな」










好奇心と、ほんの小さな下心。
それに勢いを借りて仕掛けた一線は、恐らくは名の通りの鉄槌で返ってくるものと、信じて疑っていなかった。


なのに。


初めてのクセに深く重ねてしまった口唇を離して見下ろせば、どこか放心した面持ちながら、金瞳を薄っすらと細めて笑んだ綺麗な顔。

怒られる!との予想にしょげていた耳が、一息にピンと立つような高鳴りが胸を打った。

まだ腕に細い肢体を抱きとめたまま、呆然と混乱を絵に描いたような表情で見下ろすハボックの、両頬を温度の違う手に挟まれて、引き寄せる力に逆らう間もなく。
鼻先にちょんと、暖かく湿った感触が降ったと認識したのはだいぶ後。


段々と近付いてくる白い貌、金色の睫毛、吸い込まれそうなほど透明度の高い稀有な双眸に見惚れてる内に、2度目の感触は柔らかく口唇に届けられる。
先程は苦いと思って交わしたそれは、自分が仕掛けられる立場になると、酷く甘くなるものなのだと初めて、知った。



「大…将…?」
「……仕返し」



ペロッと差し出された舌の紅さが目に付いて。

そういえば紅いってのは食欲のそそる色合いだよなぁ…などと場違いな事を考え。
紅いものって甘く美味そうに見えるよな、とまで思いついたところで。
腕の中の少年のイメージカラーがやはり紅いことに気付き。

あぁ、だから大将はいつでも美味しそうなんだぁ……と、目尻を細めて1人納得してしまっていた。


そんな夢想を恥ずかしげもなく脳内で繰り広げている様は、きっと見事に表情に表れていたのだろう。




「少尉……ってさぁ」
傾げた動きにつられて揺れた金糸の間から、覗く金瞳は労わりのような憐れみのような不思議な色でもって告げた。



「さっきから考えてる事アテレコ出来そうなくらい丸分かり。そんなんで軍人として、大丈夫か?」




………10歳以上も年下の少年に適職資格を疑われてしまう俺ってどうよ?




初キスの余韻に浸る間もなく、ちょっと本気でめり込みかけた遠い日の、ほろ苦い思い出。












































「多分絶対大将は初めてだと思ってたから、もうちょっとこう…初心な反応を期待なんかしてた訳よ、俺はさ」
「少尉ってホント、見かけによらず意外とロマンチストなトコあるよな」
「一言多い」
減らず口の止まぬアルトは、柔らかい響きを裏切って時折、こんな辛辣な事を平気で寄越す。



「大将がリアリスト過ぎんだよ」
「当たり前だろ?錬金術師なんだから。夢と空想じゃ真理は語れないって」



口角を上げ、どこか冷めた大人の表情を浮かべる小綺麗な貌は正直憎たらしくも映るが、それでも笑みを形作る紅唇はやはり目を惹く甘さを湛えていて、知らずまた触れたくなる衝動に駆られた。




「しょ…っ」




甘さと苦さは50%&50%(フィフティ・フィフティ)。



まるでこの恋そのもののようだと、なんの衒いもなく思える程度には、溺れていると実感する。




角度を変えて。
啄ばんで。
重ねて、触れて。
吐息混じりに。


蕩けるほどに味わえば、舌先に感じた痺れすらいつしか甘さに変わる。




「甘…」
「うん甘い」
呼吸と共にこぼされた声に、器用に片眉だけ上がった。


「さっき大将苦いだけって云わなかったか?」
「……始めは苦いんだよ。でも何度もシてるうちに、舌の先が熔けてくみたいに熱くなって、そこからじんわり甘くなってくんの!」


照れ臭いのか。気恥ずかしいのか。
白い目元を薄紅に染めて、そんな凶悪に可愛い事をさらっと云わないで欲しい。
今なら理性のボーダーラインを3段飛びで飛び越える無意味に強力な自信がある……




「………エロい顔」
「大将が悪い」
一瞬でムッとした顔を見せてももう遅い。

完全に反応してしまった下半身は、今さっき目の当たりにした仕草によって既に臨戦態勢ばっちりだ。



「すればするほど甘くなるなんて、随分色っぽいこと云うようになったな」
「自分本位に取り過ぎだろその解釈」
幾ら瞳で凄んでみせても、尖る口元は赤味が増して、更に食欲を煽る効果はてき面だった。



「赤って食欲そそる色なんだよな?」
腰掛けるソファの背に無造作にかけられた、エドのコートに視線を送りながら呟けば、

「逆に青って食欲を失くす色なんだってさ。でも俺には少尉の目は美味そうに見えるけど」
予想外の台詞に絶句する様が可笑しかったのか、腕の中で細い肢体が小さく震える。




「……エドワードさん、冗談っすよね?今の」
「さぁなー…」
空とぼけるアルトに、青瞳の持ち主は目に見えて複雑そうな顔色を浮かべ、次いで溜息混じりに低く本音のような言葉を囁いた。




「まぁ目の1つや2つ、大将にならくれてやるよ。俺は全部貰っちまってるから」




1つや2つって、全部じゃんか……



突っ込みたい気は充分あったが、その言葉の裏に秘められた真意がやけに真剣で、冗談に紛れ切れなかった想いが、その青瞳から簡単に読み取る事が出来たから。







「………今の少尉にしてはカッコ良かった。だからこれで、勘弁してやる」
ペロリと紅い舌先で、目蓋の上を舐め上げそこに、ゆっくりと紅唇を押し当てた。





「えぇ…っとですね大将……俺今かなり、ヤバい状態な訳で」
「知ってる」


生身の左手を添えた太い首筋には、ある意思によって浮かんだ汗で湿っている。
ひょっとしたらその広い背中には、理性との格闘によって冷や汗も浮かんでいるかもしれない。

微笑ましいと云うよりは苦笑がこぼれてしまう有様だが、そんな青年の真っ直ぐに自分を求めてくれる想いが、どうあっても心地好くて。
泣きたいほど嬉しい感情は、珍しくエドに寛大な心持ちを与えた。




「『待て』の次は『ヨシ』だったっけ?」
「……大将?」
思案するように瞬く金瞳を見下ろして、さてこのまま先に進んでいいものかと、悩むハボックの逡巡は次の瞬間、跡形もなく吹っ飛んだのだった。



「あぁ!…………おいで?」
「たっ!?」
煌めく金瞳が見上げてくる表情に、『反則だ…』と心内だけで大きく嘆き、思うより早く腕を伸ばしてその肢体を強く強く抱き締める。




「しょ…い…キツ…っ!」
「あーもうお前ってホンット……」
適当な言葉を捜すも、沸騰した頭で湧く上手い表現が見付からず、とにかく力の限り抱きとめた。


語尾に潜んでいた疑問符など、この際完全スルーの方向で。


「マイッタ!マイリマシタ!!」
「な?!少尉ちょっ…!」
「畜生!覚悟しろよ大将!」



降参したくせに覚悟しろ、なんて。
己の吐いた矛盾には気付かないのか、けれどそれを指摘する余裕はエドにもなかった。



「少尉!待っ…」
「ったはナシ!」
軽々と抱き上げられて運ばれて、有無を言わせずその身は既にベッドの上。
ここまで来たらもう、云われなくとも覚悟というより腹を括る以外何も出来ない。





「……ったく」
ぼやく台詞を裏切って、浮かべる笑みが幸いに彩られているのを、見下ろしてくる青瞳がどれだけ快く感じているか、この金色の少年は分かっていないから。





「分かってもらいましょう、一晩かけて」
降り落ちるキスを受け止めて、眩さを増した光が弾けるように、世界が白へと変わってゆく。






























紅い甘さ。
白い熱。
青い苦さと交わしたキスは、
宝石のような夜に閉じ込めて―――――――












































『君は50&50 野生の瞳 ハートの宝石 すべての君を溶かす 真夜中の吐息』
















































2007/01/24 脱稿
Sawada Yukari Presents.

頑張って。
無駄に甘くしてみました(笑)
要らぬ努力だったかな……。
な〜んも考えないで、指の動くまま書くと、何故かこの2人では甘いものがよく出来上がるようデスね。(え)
殺伐としてないからかな…。
ほのぼのまったり、時にエロ…っぽいのが、ハボエドの理想ですvv
年明け1発目がコレなんで、今年も甘いウチの2人を、どうか1つ生温い目で見守ってやって下さい……(笑;;;;;;;