【YELL YEAH !!】



「お。何だコリャ。随分古いもんが出てきたな」




突然に総司令部から云い渡された人事異動に従い、ついこの間ここに移動してきたばかりの自分のデスク周りを片付けていて、ついでとばかりに、今は軍病院に入院を余儀なくされている同僚の荷物も片してやろうと、勝手知ったるとばかりに無造作にその引き出しを漁って荷物を引きずり出していて、ふと目に付いた丸められていた癖のついた高級な羊皮紙を手に取る。


何故にこんなところに放り込んであったのかは定かではないが、大柄な体躯を裏切らず大雑把な性質を持つあの同僚の事だから、東方司令部からこの中央司令部へと移動した際に、個人的な荷物もまとめてここに送ってしまったのだろう。

その証拠に、その引き出しの奥からはおそらくは家で使用していたと思われる雑多なメモ紙の束や、吸いかけの煙草のケース、そして何故かここでは必要ないだろうフォークやスプーン一式までが垣間見えて、ブレダは面白くもなさそうに腹を揺らして笑いをこぼす。



「全くあのバカは……無頓着にも程があるってもんだ。まあ俺ら独身男にゃ、帰って手料理が待ってる訳でもねーけどな」
軍の食堂や司令部周辺の飲み屋を兼ねた大衆食堂、もしくは出来合いの総菜屋で買う弁当などが日々の食生活を支えている、大半の若い兵士に多い外食暮らしでは、こんなものが家になくともそう細かく気にする類ではなかった。



ぶつぶつ文句をこぼしながらも、自分用のとは違う新たなダンボールにかき出した中身を、これまたヒトの事が云えないほど無造作に詰め込んでいって、そういえばとさっき見かけた羊皮紙を取り出して開いてみる。


それを目にしての冒頭の台詞であった。




「あいつの事だから、実家にでも送ったのかと思ってたんだがな」
一瞬だけ感慨深そうに眼を細め、しかしその思いを振り切るようにブレダは箱の1番上にそれを乗せ、蓋を閉めるべくガムテープを探しに、1人残っていた執務室を後にした。


























































春。期待と不安に頬を紅潮させた、真新しい士官候補生用の軍服に身を包んだ若人達が集った、軍立士官学校。



国内から幅広い優秀な人材を集めるために、門戸を広く地方の隅々からこぞってこの敷地を跨ぐ人数は相当数に昇っていたが、現状では卒業する頃にはその大半が余りの修業課程の厳しさに負けて去って行く者の多さでも有名であった。


入校式と称された看板を掲げて、校内でも隋一の講堂に集まった青い式服の群れは、緊張と新たな生活に向けての興奮とで、誰もがみなぎる決意を表情に浮かべてかしこまっているその席で、ブレダは後ろから小さく肩を叩かれて振り返った先に、余りに場にそぐわない飄々とした顔に出逢って驚きを浮かべる。




「お前さ、さっき代表の挨拶したよな?っつー事は、ひょっとして入学試験首席ってやつ?」




まだその式の真っ最中で、壇上では一般市民では滅多にお目にかかることの出来ない、隻眼の軍事最高責任者の祝辞が続いている中、ひっそりと囁くように声を送ってきたその青年は、淡い金髪と澄んだ青空のような瞳に、座っていても飛び抜けた身長を持つ恵まれた体格の持ち主だった。


誰もが緊張と不安のない交ぜの表情を浮かべている中、どうにもそれとは無縁のような屈託のない声をかけてきたその人物に、ちょっとした好奇心が湧かなかったといえば嘘になる。なのでつい場違いといえばそうなのだが、優秀な頭脳に恵まれていても真面目とは程遠い性格の持ち主だったブレダとしても、余りの式の退屈さに負けて咄嗟に会話に便乗してしまった。




「おーよ」
「すっげーなー。人は見かけによらねーもんなんだな」
「お前喧嘩売ってんのか?」
「え?褒めてんじゃん」
「ど・こ・が・だ?」









後で思えば、あれが腐れ縁の始まりだったといえるのだろう。











その後のクラス分けでも一緒だったと知ったその図抜けて高い身長の持ち主は、改めてジャン・ハボックと名乗った。




「東部の田舎出身だから、こっちにゃ全然知り合いなんかいねーしさ。お前みたいに頭切れる奴と知り合いになれてラッキーだったぜ」
そう云って純朴そうな笑顔を浮かべる同い年の青年に、正直ブレダは最初の内は全く打ち解けるつもりはなかったのだ。頭がいい奴に多い無駄な警戒心を、若い故に隠しもしていなかったあの頃の自分の態度は決して褒められたものではないと分かってはいたが、しかしハボックと名乗った青年はそれをものともせず、やたら人好きのする性格と愛嬌の良さで、始めは東部の田舎者と蔑んでいた奴らすらいつのまにか仲間としてつるむようになり、気付けばハボックとブレダの周りには始終人の輪が出来ていた。





「おーいハボ、お前また赤点だって?」
「ぐあ?!何でおめーが知ってんだよっ?」
「追試の奴の名前、さっき廊下に貼り出されてたぜ?」
「お前、俺があれほどヤマ教えてやったじゃねーかっ!」
「だってよー、覚えきれねーってあんなに」
「そんくらい死ぬ気で叩き込め!これで赤点何個目だ?」
「るっせー!!追い討ちかけること云うんじゃねーーーっ!!」




叫んだ拍子に机に突っ伏してしまった跳ねる金髪を、容赦なく叩いて去って行くクラスの奴を尻目に、ブレダは深い深い息をつく。




「お前さぁ…よくこの学校受かったよな」






それは入学当時からブレダの最初にして最大の疑問でもあった。

文武両道を謳う教育方針に漏れず、修業課程の厳しさは外で伝え聞くもの以上に凄まじいものがある。これに比べれば確かに入学の際の試験などまだ容易な部類に入ってはいたが、それでもこの頭の悪さは記録物だと内心ブレダは拍手喝采していた。




「……俺だって奇跡だと思ったさ。両親には始め冗談だと笑われるしよ。冗談じゃないと分かったら、今度は嵐が来るとか云い出して、本気で店閉めようとする騒ぎになったぜ」
突っ伏したままの姿勢でこぼされる声音は酷く低く聞き取り辛いものであったが、何とか耳に届いたその台詞で、あぁこいつは幸せな家庭で育ったんだなと至極真っ当な感想が浮かぶ。




「お前さ、そのままでも幸せな生活していけたんだろうに、何でわざわざ軍なんか選んだんだ?」



確かに国に使える身として身分と最低限の給料などは保証されているが、国内の不安定さを映すかのように人民の心の不安さは、国を統括する軍へと全て向けられ、その象徴として街中にあふれる青い軍服を着た人間に対する市民の視線はあからさまに冷たいものが多い。



個人や生活の事情を抱えて軍に入隊を希望する者の志願理由は様々だったが、今まで他人のそれに興味を示した事など1度もない。だが朴訥さが抜けず、茫洋とした表情で日々を送るこの友人の志願理由は何なのかと、ブレダにしては珍しく興味が湧いた。


どう見ても平凡で、平凡である事に日々の幸せを見つけられるような暖かい家庭に生まれ育ったと思わせるハボックの、いざとなれば戦地に向かい手を血で染める未来が待ってるかもしれないこの道を選んだ理由が、聞いてみたいと思ったのだ。






「俺って東部の田舎出身だって、前に云ったよな」
「あぁ」
「イシュバールの内乱、覚えてっか?」

アメストリスの国民で、その内乱を知らない者は皆無だったろう。



シンとの国境に程近いその小さな村から発展した小さな戦火は、人間兵器と呼ばれた多数の国家錬金術師までを導入しなければならぬ程の、世界大戦並みの大きな戦火となって国中の至る所にその悲惨な爪跡を残していった。




「俺んトコは東部だっただけにあの内乱も他人事じゃなくってな。毎日のように駅には大量の負傷した軍人達が救護車輌を待っててよ。夜になると山の向こうで山火事かと思うような火柱が何度も上がるのをよく見かけたよ」
ブレダ自身はセントラルの出身だから、負傷した兵士達を見かけたことはあっても、その内乱の凄まじさまでは耳にした噂と、軍内部に残された資料でしかその規模は計れない。
実際に銃火の中に身を浸していた人間達が感じたものと同じだけの衝撃は、どんなに頭が良くても知る事は叶わないのだ。



それはハボックも同じ事であったが、いつかあの戦火が山を越えて、自分達が住むこの地にまで被害をもたらすのではないかと思いながら、眠れぬ夜を過ごす日々を送った経験の差が、ハボックの瞳にある決意をもたらした。



「だったらただ怯えて暮らすより、俺に出来るなら守りたいと思った」
いつの間にか顔を上げていた青い瞳は、強い意志に彩られて、普段のやる気のなさを全て払拭する輝きに満ちている。



「誰かを救うとか、そんな大それた事じゃなくってよ、自分に何か出来る事があるんならしたいと思った。んで考えて、士官学校入ることを決めたんだ」
自ら銃を持って戦う事になると、そういった悲壮な決意ではなく、守れる手段がこれしかないのなら迷わずこれを選ぶと、強い光に満ちた青瞳が屈託なく笑った。






「お前………馬鹿なんだな」
「何いっ?!」
いきり立つ相手をどうどうと宥めつつ、ブレダは更に言葉を連ねる。



「馬鹿っつーか、要領悪いっつーか、頑固っつーんだか」
「おいっ、せめてどれか1個にしろ、1個に!」
だはー、と深い溜息を付いてブレダは目の前にある垂れた青瞳を見上げて、不適な笑みを漏らした。





「だがまあ、そんな馬鹿は俺は嫌いじゃない」
「ぁあっ?!」
「だからせめて死なないように上手く立ち回る術くらい身に着けろや、相棒」
「お…おぅ?」





ぽかんと鳩が豆鉄砲食らったように間の抜けた表情に、今度こそ本気で豪快な笑い声を上げて、ブレダは腹を抱えて唸る。



朴訥で、一本気で、飄々として見えて実は腹の奥底に誰よりも強い意志を持つこの友人が、死ななければいいと、ブレダはこの時本気で思ったのだ。

こういう人間は、良くも悪くも軍内部では上手く立ち回れず厄介な現場に向かわされてしまう事が少なくない。そうして散ってしまうには余りに惜しい人間だと思った。こういう奴こそ、これからのこの国には何より必要なのだと、他より少々出来のいい頭でなくとも、誰もが思い付けるものだったろう。


だが残念ながら、今のこの国の状況はまだそこまで甘くはない。
なまじ銃の腕前も体力も、知識を凌駕して誇れるものを持っているだけに、その先行きが他人事でなく不安を覚えてしまう。




「お前真っ先に死にそうなタイプだからよ。気を付けろって忠告してんだ、俺ぁ」
「わーるかったな!けど安心しろ、俺は生き意地汚ぇからよ」
「ああ、そんな感じだな」
「だから、褒めてーのかけなしてーのか、どっちだおめー!」
互いに顔を見合わせて、どちらともなく起こった笑いに、今度は2人して腹を抱えた。




「っつーかよ、お前こそ人の心配ばっかりでいいのかよ?こないだの行軍演習で半分以下のトコでへばってた奴は誰だったかな〜?」
「ぐっ!」
「教官に内緒で荷物半分持ってやったよな〜。あれ誰のお陰で無事乗り切れたんだっけ〜?」
にやりと面長の相好を崩すその顔に一睨み利かせ、ブレダは意地の悪い笑みを浮かべて手近の参考書をその顔にヒットさせた。





「……んな事は俺が教えてやった演算の内、1個でもマトモな解答出してから云いやがれこの体力馬鹿」






あれはもう5年前。
まだ軍内部の暗闇を知らず、明日に待つ未来も何も恐れずに笑い合えてた頃の、懐かしい記憶の一コマ。




































































RRRRRRRRR…………


「はい中央司令部、……おう大将!どした?」
切れていたガムテープの補充をして部屋に戻ると、それを待っていたかのように室内の電話が鳴り始める。


受話器を上げて相手を確認すれば、普段は国内のあちこちを転々としている、元東方司令部の人間達には馴染み深い、最年少国家錬金術師の肩書きを持つ少年からであった。


今はどうやら、ブレダの直属の上司と主旨を同じとした目的のため、中央に留まっているのだと小耳に挟んでいたが、ここに連絡が入るとは思いもしていなかった。



「あ?ホークアイ中尉の住所?確か……」
日は暮れていてもこの時間ならばまだ相手も起きているだろう。



そう告げる電話の向こうのアルトの声に、また何か新しい意志のこもる力強さを感じて、ブレダはふと向かいの机を見やる。



遡るほど昔ではないが、国境を越え、とある遺跡の残骸に腰掛けて、生気と覇気に満ちた金瞳が力強く瞬く様が脳裏に浮かび、どんな十字架を背負ってでも前に進んで見せると宣言したあの輝きが、何よりもの活力になるかもしれないと、漠然と感じた。





あの時ブレダは云った。
「そういう真っ直ぐ馬鹿は嫌いじゃない」







思い返せば、そういえばあの馬鹿な同僚にも同じような台詞を吐いたなと思い、何だこいつら結局似た者同士かよと、込み上げる苦笑を抑えきれず、ブレダは手元に引き寄せたダンボールの中から1番上のそれを引っ張り出し、電話の向こうにいる相手にある提案を持ちかけたのだった。




































































「………誰だ?」
「俺」
面会時間はとうに過ぎ、廊下を忙しなく行き来する足音の数も少なくなった宵闇の時刻。
本来の出入り口ではなく、カーテンの揺れる夜気に紛れて届いた気配に声をかけてみれば、予想通りの声音が返ってくる。





「やっぱお前か。んなトコから入ってこねーで、昼間来い、昼間」
おそらくは閉まっていた玄関を諦めて、壁に直接足場を錬成して登ってきたのだろう小柄な人影に、ハボックはベッドに横たわったまま苦笑をこぼした。




「悪ぃ、俺も起きたのさっきでさ、ホントは明日来ようかと思ってたんだ」
見慣れたいつもの真紅のコート姿ではなく、黒の上着に白いシャツがやけにいつもより大人びた表情を見せていて、茫洋とした青瞳に一瞬驚きの色を浮かべる。



「どした?何か急用か?」
「そんなんじゃないけど」
言葉を濁すというより、自分でも疑問を浮かべるように傾げられた動きにつられて、背中の金色の尻尾が揺れて甘い輝きをこぼした。



「これ、ブレダ少尉から預かってきた」
渡されたそれに、ハボックも思わず同じように首を傾げるが、丸められていたそれを開いてみて、ふと込み上げた感情を一体何と呼べばいいのだろうか。




「それ、何?」
「大将見なかったのか?」
「そのまんま渡されたし、見ていいのかよく分かんなかったし」
電話の最後に、中尉のトコに行く前に中央司令部に寄ってくれと頼まれ、待っていたらそれを届けてくれと云われてよく分からぬまま、つい真っ直ぐにここに足を向けてしまったのだ。





「で、何?」
「士官学校の卒業証明書。何でこれがここにあんだろな」
「それ俺の疑問」
云いつつハボックの手元を覗き込めば、確かに目の前の人物の名前と今より5年前の日付がそこに記されていた。




「へ〜、ホントに少尉士官学校出てたんだ〜」
「大将それは遠回しに馬鹿にしてる?」
「馬鹿にはしてないけど……」
けど確かに少し驚いた事実も隠せず、照明の消されている室内で瞬いた金瞳は、正直にその感想を述べている。



「まあな、俺も卒業出来るなんて思っちゃいなかったさ」
「何だソレ」
余りに救いようのない台詞に、軽く吹き出してみせれば、数日前とは明らかに違う光を浮かべた青瞳の持ち主が、静かに手を伸ばした。




「誰も、明日の事なんて分からんだろ?」
「それと卒業出来たかどうかは関係ないんじゃね?」
「俺もあの頃、自分がこういう境遇になるなんて、考えてもみなかった」
「…………」




動けない身の青年の意図するところを悟って、エドはその腕の中に自ら身を寄せる。

強く抱きしめてくれる腕は変わらず力強く、けれど身体の機能に障害を持った苦しさは誰より身に染みているエドには、ハボックの内心の葛藤が手に取るように分かってしまい、他人事ではないその苦しみが見ていて痛々しかった。



けれど自分がまた新たな道へのきっかけを見つけたように、彼もまた何かを吹っ切ったような光を浮かべて笑うその顔に、エドもいつもの笑みを返す事でその思いを抱きしめる。




「こんな俺でも、まだ必要だと云う鬼のような奴らがいるんだよ。だからあんま待たせてらんねーしな」
にかっと笑うその顔は、いつか見た夏の大空に似た、爽快な不敵さを漂わせていて。



「大将もあんま無理ばっかしてんなよ?俺暫らく田舎に引っ込んじまうから、うかうか心配も出来ねーし」
「心配ってなんだ?!っつーかあんたはあんたの事だけ考えてろよ」




いつでも、いつだって、眩しかった光が腕の中で力強く煌めきを投げかけるから。





「俺も、待ってる。だから早く帰ってこいよ」
「お前もそれ云うか。分かったって。やってやるさ」
出逢った頃と変わらぬ大きな懐を持つ気風の良さで笑うその顔が、何よりも彼らしいのだと云えるくらいに、その心内の希望にまた火が点いたのであれば。







「前に進むしかねーよな?」
「諦めてなんかいらんねーだろ?」
間近で輝く瞳の色こそ違えど、そこに灯った眼差しの強さは同じだけの意志を宿して、焔と変わる。






「I wish, Makes a comeback !!」
「Yell Yeah !!」







君の願いに、君からのエールに、君への想いに。
未来はまだこれから刻まれる、果てのない道行きをどこまでも。
真っ直ぐ進もう、それが明日への希望と変わるなら。





































『いつの日にか暁に見た あの栄光に向かう俺達の明日
難攻不落突破あるのみ 命の限り勝利のために
Yell yeah-yeah-yeah !! Yell yeah-yeah-yeah !!』












































2006/07/19 脱稿
Sawada Yukari Presents.

いつもいつもお世話になっている、『WIND-FALL』の彼方さんのトコの、5周年記念に贈り付けたSSです。
かなたんの了解を得たので、ようやく表に晒せます(笑)
日付見て自分で吃驚!!
1年弱も前の話だったよコレ………;;;;;;;;;;
余りの懐かしさに眩暈を起こしそうになりましたが……何とか踏ん張って公開覚悟…。
コミックス見た時から、何としてでもエドにハボの病室に行かせたかったんです…。
自分的には甘さ爆発。
人様への捧げモノだったからね。こんくらい甘いのもまぁ……有り…?(笑;;;;;;;;;;