【君という花:T】




『見え透いたフォームの絶望で空回る心がループした』





「どうした?今日は大人しいな?」
「……っ!……何……もね…ぇよっ……!!」





ギシリと鳴るベッドの悲鳴は、そのまま心の軋みに直結しているのかもしれない。
そんな自虐的な思考は表情にも表れていたらしく、エドの紅唇に浮かんだ仄かな暗い笑みに、ロイは眉根を寄せた。





「辛いか……?」
「…………い…や?今はそうで…も」
「そっちじゃない」





ロイの両足を跨いで座るエドの、繋がったままの秘所から微かな震えが伝わってくる。
それは正面で相対する端整な顔の、漆黒の青年がもたらすものだった。





「辛いかと……聞いたのは、ここ、だ……」





焔を操る長い指先が、滑らかに辿る仕草に触れられた胸元が、ぴくりと反応を示すのに満足そうな笑みを向けつつ、ある1点でひたりとそれが押し当てられる。
とくん………と、1つ跳ねた鼓動が、ロイの指の先に届いた。




「…………………何故………?」




速まる鼓動とは裏腹に、硬質に冷めていく表情と声音が、言葉で語られるよりも雄弁だと、頭の片隅で捕らえる。








「………今……」
「うん?」





上がる息を抑えて綴られる響きは、普段よりも低目のアルトで、掠れ気味にこもるその声音に、エドの中に納まる熱が、その温度を少し上げた。




「今………それを云う………必……よ…うが……っ?」




痛みを振り切るように、紅唇の端を引き上げて笑みを形作る表情は酷く大人びて、何時の間に、と思わざるを得ない。






何時の間に……………少年は大人の歪みを知ったのだろう?






それは問うだに無駄な事は分かっている。

その歪みを、矛盾を、隠し切れない心の痛みを、この金色の存在に植え付けたのは、他ならぬ自分だ。


心とか想いであるとか、そんな目に見えぬあやふやなものよりも、確実に実感できる熱の交感でもって、少年の最奥に眠っていた焔の塊を引きずり出し、そこに快楽という名の種を蒔いて、芽吹かせ、この手で手折った。

繰り返し何度も何度も、手指の端々に至るまで沁み込んだ、毒のような快楽の息吹は色を染め変える如くに、少年の身体を根本から作り変え、華開かせてゆき。
痛ましげに、いっそ声の限りに啼かせて狂わせたいほど、艶やかな気に満ちたいとも妙なる光にあふれる青年へと、成長を遂げた。


愛おしいという事は口にせぬと決めた己の所業に後悔はないが、このしなやかに咲き誇った黄金の肢体を、手放すつもりは毛頭ない。






「あ……っ!………は……んっん……ぅっ!」
下から突き上げられる刺激にさざめく胸元。
置いたままだった指先を滑らせ、突起を嬲るように摘み上げた。



「………ぅ……んっ!………ふっ……い……ィ……」
「休憩は終わりにしよう」
「………………ふ………ふっ………」
「……………何だ?」
「休憩……入れな……きゃ……もたな………っつ!」



くすりと笑む憎まれ口は意に介さず、しかしその報復は忘れぬとばかり、細腰を掴んだ腕をぐっと引き寄せる。




「くっ!…っあぁ!………や………っ…!!」

一層深く穿たれた奥は、痛みと喜びの狭間に震え、咥え込んだロイ自身にも、眩暈のような熱い享楽を与えたのだった。




「……っ!……鋼の……」
「や………は……ぁっ!!………ん……つっ!…」




次の瞬間、走った痛みに濡れた金瞳を上げてみれば、肩口に立てられた白い歯と、覗く赤い舌が妙にいかがわしい眺めを作り出していて、エドの背筋に細かな震えが灯る。




「…な……に……っ!……」




湧き上がる吐息と共に視線を逸らせずにいる金の視界の中で、舌先の触れる肌からぴりっとした刺激に瞳が思わず細まった。




「………………ちゅ………じょ…う…っ!!………」
初めて出逢った頃より更に階級を上げた青年に問うように、甘い悲鳴がその白い喉から搾り出される。




「……………君を縛るつもりはないよ」




しかし与えられた答えはエドの問いからは微妙に外したものにすり替えられて。
継がれる昔と何1つ変わらぬテノールは、エドの肌を撫でるようにこぼされていった。

だが薄く滲んだ紅を舐め取ったのだろう、形良い口唇に移った血色が、その酷薄な白皙の貌に拍車をかけている。






「……けれど、この時間の君を占有する権利は私にある。たとえ………」















『たとえ、君の心が、この肩に残る痕の持ち主に注がれていたとしても………』














それは喉からこぼれずに終わった、ロイの内心の呟き。


自嘲の表情を装いながら、それでも腕に抱いた肢体に込める力はあくまで離すまいと、跳ねる身体に巻き付けられてゆく。









「……つ…ぅ!……やめ…っ!…………ちゅう……じょ…ぅうっ……!!」
「私と寝る前に奴に抱かれるのは、気付かせないためか?」
「…るさ…っ!……や…………あぁっ!……っん…」



肩に微かに印されていた朱色の痕は、もう紅く血の滲む歯形になぞらえられて、儚く打ち消された事をエドは知った。





その事が何故かとても、心に重く響く苦味を伴なって。






「健気な君に敬意を表して、今夜は早目に帰してやろう」
「…………………嘘…………だ…ね……」


ロイの口角に昇る笑みを見止めた、エドの背筋に走った悪寒。

それはこの青年の、内心に巣食う狂気の一端に触れる事の出来たエドだけが、感じ取れた直感だった。






離すと、そう口では云いながら傷を付け、優しさと称して心を抉られる度に、その一瞬だけ信じられるロイの奥に沈む激情。

言葉も、瞳の語る空気すら操れる男が、エドにだけ垣間見せた、その迸るほど凶悪な独占欲。




愛とか恋とかいう優しさや慈しみとはかけ離れたところに存在する、しかし誰よりも強烈にエドの心を叩く、歪な情念の焔のような感情。







エドの心が誰を想い、その一時を誰に預けていても、最終的に還る場所を強引に定めた人物。










「や…っ!………や………あぁっ!!………っ……だ………っっ!…」
「ココロは……要らない。それはハボックにでもくれてやれ」
「ちゅ………うぅっ!!………くっ!」





金瞳からこぼれる雫の持つ意味は、今はまだ誰も気付かぬ、真実の痛みと虚無の証。





「……っつ!………ふ………ぁああっっ!!!」
抉られる痛みと、突き抜ける絶頂。





言葉の残酷さよりも、回された腰や背中に感じる腕の暖かさこそが、何よりも切なくて。




哀しくて………




吐き出す快楽の滴と共に、胸に閊えるこのもどかしい何かを、いっそ切り捨てられたらと願う。



ホワイトアウトする視界の奥に、深遠の闇を固めた黒瞳と、晴れ渡った空を模った青瞳が、交互に浮かんでは消えていった。


そのどちらをも、選ぶ事も捨てる事も出来ない愚かな自分を嘲笑う金瞳は、もう既に少年の頃のあどけなさを振り落として。
鮮やかな痛みと艶やかな背徳の光を含んで、より一層の輝きを増していったのだった………。

















































『見抜かれた僕らの欲望で消えかかる心がループした』









「エルリック少佐」


掛けられた声に惑いなく振り返るのは、軍属であった頃より健やかに伸びた背中に、眩い金糸を透き通らせた人物だった。





「ハボック中尉、どうした?何か急報でも?」
歳の差は埋まる事はないが、それでも出逢った当初からにすれば、階級の差はほんの僅かだが縮まった年下の上官に向ける笑みは、何時もの人当たりの良い穏やかなものだった。




「いえ、物騒な報せは今んとこないっすけどね。何処か出掛けるんすか?」
軍の支給品である厚手の黒いコートを身にまとったエドに、副官であるハボックが行方を尋ねるのはごく当然の成り行きである。






「…街の方に視察」
「お1人で?」
「……………の、名目で、とんずらこいた某中将を捜しに」
「………………………………………またっすか………」





火を点してはないものの、咥えた煙草の先を揺らして、背高の副官は盛大な溜息を付いた。




「早く捜し出さないと、俺が撃たれる」
誰に、とは云わずもがなだ。



東方司令部時代から傍らに付き添う、漆黒の闇を集めたような色彩の上司すら恐れをなす最強の副官の女性は、今愛用の銃のトリガーに指をかけたい心境で、執務室で心を煮え立たせているに違いない。


その余りに薄ら寒い状況を想像してしまった青瞳の持ち主は、手にした書類をたまたま通りかかった下士官に預けると、金糸を翻して歩を進める、今や直属の上司となった青年を追った。





「1人で平気だぞ」
「冗談でしょ」




半ばそれがクセのように、短く刈り込まれた後ろ髪をガシガシと手で梳き、秀麗に整った横顔にへらりとした笑顔を向ける。






「少佐を1人で出歩かせるなと、俺も中将からきつく言い渡されてるもんで」
「全く……そういう自分はのこのこ1人で出歩き放題だっつーのに……」




本気で顔を顰めるぼやきにはそっぽを向いて、伸びたとはいえまだ頭1つ分は違う金の肢体の脇に並んで歩みを進めた。




「車出しますか?」
「いや、向こうも徒歩だ。そんなに遠くには行ってないだろうから」
「了解っす」




全てを伝えなくても意志の疎通が出来るほどには馴染んだ上下関係は、エドが軍属から正式に軍へと入隊を決めたその時から、築き上げた大切な絆であった。



















































「…………………………いた」
「何処っすか?」



色味の違う金髪の軍人2人が街中を視察の名目で散策してから程なく、鋭く輝く金瞳が目的の人物を見付け出したのは、セントラルの中心部に点在するカフェの店先だった。







「今度はドコの女性だか……」



呆れ果てるアルトも些か険に満ちた表情で綴られれば、隣りに並ぶハボックとしても肝を冷やしかねない迫力が滲む。
過ぎたる美貌はそれだけで既に強大な力なのだと、うそぶいた元上司の皮肉気なテノールが脳内を過ぎった。





「…………………………少佐、店は壊さないで下さいよ?」
「それはあいつの心がけ次第だな」





にこりと浮かべる艶やかな笑みこそが怖ろしいのだと、声にはせずに短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んで、ハボックは黙って付き従う。





何時の間にこんな芸当を身に付けたのか。





誰よりも浮かぶ感情に素直で、言葉よりも手や脚を出す事を何より得意としていた少年は、過ぎたる年月の内にか、今いる軍内部の環境に揉まれたお陰か、さり気なく感情を鎮める術を覚え、何よりも毛嫌いをしていた上官の仕草そっくりに微笑うようになった。






「あんまし変なトコばっか、似ないで下さいよ」
小さい呟きは届いたのかどうか。







細められた猫のような金瞳からは、浮かんだ感情は読み取れなかったが、さり気なく触れて去っていった生身の左手が、ハボックの頬にふとした温もりを残していく。




「変わんねーよ、俺は。何時だってずっと、あんたの知る俺のままさ」
「少佐……」
「さ、無能なタラシの上司をとっ捕まえるぞ」





きつい光を点す金瞳は、確かに言葉通り。

出逢った初めの時より変わらずに、何時如何なる時でも、彼の魂を映す如くに強く眩く何よりも鮮やかに、稀有な金の輝きに満ちてそこにあった。






安堵して新しい1本に火を点けるハボックには、だからそれが見えなかった。






深みを増した金瞳の奥にぽつりと灯った、光の消えた黒点の影に。


小さな、ほんの小さなそれが表していたエドの心の痛みは誰も知ることがなく、瞬く間に光の中に薄れてゆき、消え去ってゆく。



遠くに映る青い空に投げられた金の視界はもう常と変わらぬ態でいっそ穏やかに。
遥かよりの太陽に似た眼差しは、通りに面した一角に座る、漆黒の後姿を見止めて鋭さを増した。











「…………楽しくご歓談中のところを失礼致します、マスタング中将」
予期していたとでも云いたげに、事もなく振り返る端整な貌に向けられた、艶やかな金色の微笑。




「そろそろ司令部の方へお戻り頂けますか?息抜きはもう充分なさったはず」
「やれやれ、これからが楽しいところだというのに」
「お戻り頂けない場合は、発砲の許可を得ておりますので」
「………………君も上司に銃を向けるのかい?」
「それが1番の最良策だと、ホークアイ大尉から言付かっております」
「世知辛い事だ」









薄ら寒い微笑で、表面上だけはいとも穏やかに会話を交わす上官2人を見るに見かねた青瞳が、オープンテラスに面した通りに視線を逸らした時だった。




ドンッという鈍い衝突音。
次いで聞こえてきた、タイヤがアスファルトを軋ませる耳障りな摩擦音。




咄嗟に見に染み付いた習性で、件の上官2人を背にする格好で見詰めた先の道路を、速度超過で駆け抜けてゆく1台の車体が映った。


遠くから聞こえる喧騒は、はっきりとは聞き取れなかったがこもった悲鳴と、「轢き逃げ」という単語だけはどうにか耳先に届く。







「…………逃がすかっ!」
瞬時にふわりと横を掠めた金色に、ハボックは慌てて制止の声をかけた。
が。









「ハボック中尉、店の者に云って憲兵に連絡、付き次第そこの中将連れて司令部に戻れ!」
「少佐っ?!」
「轢き逃げ犯なんて俺1人で充分、それより大尉の的になる方が俺は怖い!」







云われてしまえば自分もそうだとは云い難いのだが、直属の上司の命とあればどんな不条理なものでも従わなくてはならない。




「殺さないで下さいよ!」
「………留意する」




閃光のように素早く駆け去る金糸を見送って、恐る恐る脇に佇む黒曜に視線を戻せば、にこやかな笑みは貼り付けたようにそのままだったが、その光のない瞳の奥は決して微笑ってはいなかった。








「…………ハボック中尉」
「はっ」
低目のテノールにこもる感情も、一筋縄ではいかない静かな怒気に彩られて届く。






「私は彼を1人にさせるなと、厳命しておいたはずだが?」





番えた矢が解き放たれたように駆け去った光は、もう既にその姿を視界に捉えることは無理なことだった。



「お言葉ですが、中将は少し少佐を見くびっておられませんか?」




直立不動で脇に立つ、今は直属を離れて久しい部下の顔は思いの外真剣だった。







「あの程度の犯人に手こずる大将じゃないのは、中将が1番ご存知でしょう?」
邪気なく笑う顔に興が削がれたのか、ロイは和やかに向かいに座る女性に退席の謝罪を告げて店を出る。



















「天然か……それとも皮肉を流す術を覚えたか……」
「何か云いました?」





背後を守るというよりも、真っ直ぐその足が司令部へと向かうように後ろから誘導しつつ歩く背高の中尉の表情は、誰もが目にする人好きのするものが浮かべられていたが。











「あんたに忠誠を誓ったのは、俺も大将も一緒です。けどね……」












吸った煙を吐き出しつつこぼされる響きは、心内に滞る気持ちを表わしたように重く低いものだった。


































「譲りませんよ、これだけは。命令じゃなく、あいつを守るのは、俺の意志です」
























つと、足先を止めた黒曜の瞳が、冷徹な輝きでもって振り返る。


薄い口唇に浮かぶ笑みは、酷薄な色を宿したまま。















「…………気付かぬ程、愚かではなかったか」
「生憎そこまで朴念仁じゃないんっすよ」

















頭1つ分上から見下ろした時に垣間見えた、軍服の高い襟元から覗く細い首筋に、残る紅い痕。



明らかに自分が付けたのとは違う、噛み痕に思うところは1つだけ。



後ろ毛がちりちりと焼き付くような、暗く浅ましい衝動は何とか堪えたけれど。


それをエドに告げる事は追い詰めることだと知っているからこそ、何も口にせず耐えたけれど。











「手離す気は、ないんすね?」
「無論」











暗い愉悦を持つ者は己だけではなく、彼もまた金の虜となるを隠さず露呈されるのであれば。











「じゃああいつがあんたに壊されないよう、俺が包みます」
「その想いこそが、あれにとって重荷であると知っても、か?」





くっと、自虐的に敷かれた笑みは黒と青の両方に同じだけの痛みを投げかけた。
















































「…………残念ながら、俺ももう手離せないっすから………………」








































乱れた糸は散り散りにそれぞれの心の裡に絡まって、楔のように深く重く圧し掛かる。
触れればきっと傷を付けることも躊躇わないその糸は、恐らく何より鋭く尖った、黄金の鋼………















































2006/04/10 脱稿
Sawada Yukari Presents.

なんて物を書いてんでしょうかね、私……(汗;;
何だかすっかり昼メロチックで、書いてて乾いた笑いが止まりませんでした……
どうなんでしょうかね、コレ?今まであんまりドロドロ話書いたことないので、何処で切り返していいのか、判断に窮してます(笑)
次で終わらせたいなぁ……(願)