【君という花:U】



『何気なく何となく進む淀みあるストーリー』





「まさかとは思ったがな……」
「何がですか?」







ふと呟いた独り言に、そう云えば人がいたのだと思考を浮上させる。


広い執務室は、かつて勤務していた東方の頃よりも、階級に相応しく豪華な面積を有していた。
部屋の奥に置かれた執務机と、入口脇に配された副官が詰める席からは、かなりの距離が開いていたにも拘らず、小さな呟きを聞き逃さない彼女の鋭い神経すら表彰ものだろう。





「いや、独り言だ」
薄い笑みを浮かべる上司にそれ以上の詰問は飛んでは来なかったが、微かな疑問符が湧いているのはあからさまだった。


猛禽類の鳥を思わせる赤褐色の眼差しは、先程その目をかい潜って息抜きから戻って来たロイに向けて、鋭くその同行を窺っている。
2度と抜け出されては堪らないとばかりに、普段は隣りの部屋で行う執務を、わざわざこちらの部屋で取り仕切っているのだから。





「ホークアイ大尉、今日の分はこれだけかな?」
「えぇ、中将が本気を出されれば、正味3時間ほどで終わる量かと」




机の上に山積みにされた書類の束は、とてもその程度で終わる量でないのは一目瞭然なのだが、皮肉交じりにそう返されてしまえばもうなす術はない。
引き際を心得ているのも、身に染み付いた処世術の1つだ。




「では本気を出すとするか」
「何時もそうであると、本気で助かるのですけれどね」
さらりと吐かれる嫌味は綺麗に無視して、ロイは右手にしたペンを何気なく持ち替えて、話題を変える。













「そういえば先程、轢き逃げ犯をエルリック少佐が追いかけていてね」
唐突に変わった話にも、冷静沈着と謳われた副官の女性は、眉1つ動かすことなく続きに耳を傾けた。



「彼が戻ったら、報告書を持ってここまで届けるように、伝えてくれないか?」
それは何処も不自然ではない台詞だった。























軍属から正式に入隊を果たした時に、彼の身柄はそのままマスタング大佐の下に配属されて時を過ごしてきたのだから。


佐官で国家錬金術師でもあるエドが望めば、一個師団の大隊長として独立した立場を手に入れることも出来たはずだが、なぜか彼はそれを選ばず、傍目には嫌い尽くしていたかつての後見人を上司と仰ぐ事に了承したのだった。




そこにどんな駆け引きや約束事があったのかは、誰1人知る者はいない。
けれど傍から見ていても、感情では酷く煙たがっているこの上司に対する、エドの忠誠は真実であると云える。


牙を納めたのではなく、飼い慣らされた訳でもなく、彼は自分の意志でロイの下に就く事を選び取ったのだ。


そこに至るエドの本心は未だ語られてはいないが、それでも彼が軍属であった頃から慈しみ慣れ親しんできた東方司令部時代の同胞には、その輝きが漆黒の青年の傍らに在ることに、安堵の気持ちを隠せない。






「分かりました、ハボック中尉に伝えておきます」
内線の受話器を取った先に繋がるであろう、ダーティブロンドの青年の顔を思い出し、口角に浮かぶ笑みが一段と深まる。






































ロイとエドの関係は、それこそ彼がまだ旅を続けていた頃にまで遡る話だ。

何時それにあの青年が気付いたのかは分からないが、口に上らせずに耐えた根性は、さすがに直属として自分の下に就いてきただけの事はあると、内心で皮肉気に呟く。



心内で深く想う恋心と忠誠心を見事に切り離して軍務に就く青瞳の持ち主を、ロイは賞賛した。



誰も彼も、この青い軍服をまとえば皆一様に軍の狗である。
けれどそこに宿る魂や意志は、各自の持つ強さに比例して力となる。
力あるものだけを選び取り、自らの手足となす事に躊躇いはない。



中でも、自分の眼で足で発掘した黄金の存在は、ロイにとって無くてはならない力となった。






その類稀な知識と才能、冴え渡る戦闘技術と錬金術師としての天賦の才。



地獄を見た少年は、いとも鮮やかな鋼の意志と手足を鋭い刃に変えて、誰よりも見事に咲き誇る大輪の華のように綺羅やかに戦いを続けるのだ。






その眩さは、似ているようで違う別の地獄の底を見たロイには、酷く妬ましく、そして渇望すべき存在であった。


1度は深闇に沈んだ黄金に、焔を点した瞬間から誰も太刀打ち出来ぬほど強力な光を放ち、痛みを知れば知るほど煌めきを増してゆく金色の獣は、狗というカテゴリーには当てはまらぬ強さとしなやかさを手に入れてゆく。
今も、この刹那でさえまだその輝きは衰える事を知らず、強く、強く。






だからロイは痛みを贈る。


どんな陳腐な言い訳に過ぎなくとも、初めに点した焔の先は自分にあったのだから、あの光が増す事に喜びを感じる己に憐憫を覚えたことなど無い。
強く在れ、輝きを誇れと、痛みを重ねて贈るのだ。










































「中将、エルリック少佐は今こちらに向かっているそうです」
受話器を置いたその声音には、普段は冷厳とした表情を崩さないホークアイには珍しい、暖かな気に満ちている。

地獄の核を作り出す軍部内において、誰も彼にも惜しまずこぼされる彼の光に魅せられてゆくように。





「彼が来たら少し席を外して欲しいのだが」
「分かりました」






告げた瞬間から書類を手早くまとめ出した彼女の行動から察するに、金色の少佐の入室は、そう遠い事ではないらしい。







予想違わず、副官である女性が席を立って程なく、昔と何1つ変わる事ないノックの音と共に執務室に現れた輝きに、ロイの口唇に乗せられた愉悦の笑みは、いとも退廃的な、艶気を帯びたものへと姿を変えたのだった。













































『いつからか何かを失って隠してた本当の僕を知る』







護衛と称して、エドの持つ佐官用に充てられた住居に転がり込んだ存在を、家主であるエド本人は番犬と言い張って譲らない。




「番犬でダメなら忠犬」
「犬から離れて欲しいんすけど」



苦い笑みを刻む、男らしい精悍さに満ちた顔に、ふとした仕草で紅唇が触れる。



「他に云いようあるかよ。将校でもないのに護衛なんて大げさすぎだろ?」
「でもその将校自身が云い出した事なんすけどね」
あくまでロイによる命令だという態度を崩さないハボックに、エドは深い溜息を吐いた。



「俺の下に就くって宣言したくせに、元のご主人が恋しいか?」
「冗談でも止めて下さいよ、んな心臓に悪い台詞」
本気で眉を顰める表情に満足したのか、抱きとめられていた身体を起こそうと上体を上げるが、それは叶う前に逞しい腕に阻止される。










「中尉、俺、風呂」
「後でもいいっしょ?どうせ汗かくんだし?」
にやりと色を湛えた笑みに向かって投げられる視線は冷めた金色。





だが内心本気で嫌がっていないことなど承知の上だ。
本気で抵抗をかますエドを組み敷くのは、幾ら体格差にものを云わせても、無理な事であった。


金に宿る暁の瞳に本気の抵抗を示されれば、無理強い出来るほどハボックとしても力技に頼りたくは無い。






この行為は合意の上。

それ以上に宿る想いの上に成り立っているのだと、互いに感じ取れるからこそ、求める腕に容赦はなかった。































「はっ………んんっ……ふ…ぅっ……!」
背後から回された手がするりとアンダーウェアの中に侵入を果たし、慣れた手つきで快楽を引きずり出し始める。
しっとりと汗ばんだ大きな手のひらに胸元を撫で上げられれば、それだけで背筋に伝い走る震えを止められない。






「ん………や……っ!…………っは…ぁ……」
「大将久々なのに感度いいなぁ」
「………る…っせ!…………」




























前にこの身体に触れたのは何時ぶりか。



エドから表情が見えないことを幸いに、ハボックの顔に思案の色が浮かんだ。





1ヶ月に渡る出向から中央に戻ったエドを、帰ってきたその日を待ち侘びていたように、1晩中離せずに抱いた記憶も、もう2週間前の事になる。

その後は出向中の報告やら溜まっていた執務に追われて、エドがまともにこの家に帰宅する日は数少なく、思えばその間中お預けを喰らっていたのだと辿り着いた思考はやり切れない。





「………んだよ?」
耳元で小さく落としてしまった溜息にエドが気付かぬ訳もなく、肩越しに振り返った金瞳は怪訝な色を浮かべていた。




「目の前にいない相手を想うのと、目の前にいながら据え膳喰わされるのだったら、どっちがより辛いかとか、思っちまった」



胸に沈むやり切れなさを半分ジョークに紛れて呟いてみれば、ふっと、色が変わるように艶冶な微笑が返される。




「………拗ねてんの?」
「バーカ!お前はもうちょっと男の生理ってもんを分かれ!」
「仕事に忙殺されてたのは、あんたが1番よく知ってるはずなんだけど?」
「それとこれとは話が別だっつの。目の前にいてキス1つ許してもらえないあの状況、まさに生殺しだぞ?」






その上………























思わず口を吐いて出そうになった言葉を、ぐっと堪えた。


これだけは、どんなに理性を手放しても云う訳にはいかない。
云ったが最後、きっとその先は……………










閉ざした口唇を目前に晒された白い首筋に埋め、紅く色付いた傷跡を舐め上げた。










「…つっ!……」
「……痛い?」
「そりゃ……」





余り日に焼けない体質のエドの首筋に、くっきりと残された紅い蚯蚓腫れは見事な3本のラインを引いている。






「エルリック少佐ともあろう人が、何油断してんすか?」
おどけたように口調を綴って、伸ばした舌先でゆっくりと、傷跡を丹念に癒すように辿った。





「…っん、なこと……云っても…取り乱し…た女…はっ!……容赦ね…ぇって……っ!」























昼間エドが追いかけた轢き逃げ犯。

錬金術で強引に停めた車内から出てきたのは、一目で裕福な家の者だと分かる出で立ちの、年嵩の女性であった。
自分の仕出かした事に我を失い、恐慌寸前でパニくった女性の抵抗に逢い、エドは綺麗に整えられた爪先の攻撃を避けきれなかったのである。































「…っ……ん!……い……っ……つ」
薄っすらとまだ血が滲むそこを、熱い舌が何度も這うのに身体が痛みとは違う痺れを起こしてゆく。



「痛いのに感じてる?ヤラしーなー大将」
「ばっ…!ばかあほ、んぅっ!…エロちゅう……いっ!!」
一瞬だけ強く咬まれたそこから走った甘い痛みは、ハボックの手の中のエド自身をふるりと揺らし、その様に酷く喜色気な笑みが刷かれた。






「いつそんなマニアックなこと覚えてきたんだか…あんま反応いいと、俺もそっちに目覚めちゃうかもよ?」
「違っ…!……や……やめ……っ……う……っん!」





舌と歯で丹念に辿られる首筋から肩へのラインには、紅い3本筋の下に極薄く、昼間垣間見えた噛み痕がまだその存在を残している。
それを追う青い視線の中に、獰猛な気配が瞬時に走って消え去り、大分吐息が上がり始めたしなやかな肢体を更に深く抱き込んで、手にした熱い中心を追い上げる事に意識を向けた。






「ふっ!……く……ぅっ!…………や…も……っ!…」
「イく?大将」



抱きとめる腕のせいで思うように身動きの取れない身体を震わせ、こぼす声音にも隠し切れない焦燥の色を昇らせて、エドは唯一動かせる頭を背後の青年に摺り寄せる。






「……っ……だ………も……はや……っく……!…んん…っ!」
会話の最中にも休むことなく攻め立てられたエドの中心は、解放を求めて先走る涙が後を絶たず、限界を知っている金瞳は深みを増した眩さで、青い視界をひたりと見据えた。





「…ちゅ…うい……っ…!…」
熱い息をこぼす紅唇は何度も舌で湿らせてより紅さを増し、ふと覗く白い歯並の奥に映る舌がやけに淫蕩で、ハボックは噛み付くようにその舌を味わうため首を向けさせ口吻けるのだった。






「んーっ!……ふぅ…っ!…………っ…ふ……ぁっー…」
舌と舌が触れ合う先から湧き出る甘さは、脳髄を蕩かすほどの痺れを伴なって互いの指先にまで満ち、張り詰めたそこが果てを見たいと、一際大きな震えをハボックの手の中で存在を主張する。

















「あっ!あーーー………は……ぁあっ!!…」
背を反らせて堪え切れぬ衝動を弾けさせたその飛沫を、なだらかに続く秘所と自らの熱の欲望に塗りこんで、急くように後ろから突き立てた。













「やぁ…っっ!……いっ!………く…ぅっ…!………っだ!……」
「…っつ!……息吐け……エド……っ」








求める心と高まりすぎた身体の温度が、裡に眠る欲情の沸点を更に上昇させる。
暴走を始めた快楽の高波が、理性も感情も押し流して、燃え上がった熱だけを追えとばかりに痛みすら快感にすり替えて、身を捩じらせた。





「エド………エドっ……!…」
「あぁっ!………や…っ!……−−−−はぁっ!んぅっ…」




頬を伝う滴は絶頂の滴か、痛みの涙か。




深くきつく押し入ってくるハボックの雄刀に、絶えず上がる吐息は高く響く甘い嬌声。
どんなに強引であっても、己を抱く腕にこもる力は誰よりも好きだと、無言で訴えてくるのが全身で感じ取れるから、辛く苦い現実のもたらす幻痛にも耐えられる。


































甘える事を知らなかった自分に、大空のように深く大きい想いを与えられて、それが心地好いと気付いた時にはもう手離せなくなっていた。



太く逞しい腕に息が詰まるほど抱き締められて、けれどもあくまで自分を包むためだけに広げられる腕(かいな)。


縛るのではなく、繋ぎ止めるのでもなく、ただ深く暖かい想いを込めて、自分のためだけに与えられる熱い強いハボックの想いの塊。












泣きたいのに、泣けない。
笑いたいのに、笑えない。
叫びたいのに、声に出せない自分に、その全てを教えてくれた。












包んで愛して許して、何も云わず抱き締めてくれた。








時たま無性にその優しさに胡坐をかく自分が許せなくて、自棄のように貶めたくなる時があっても、黙って何時もその帰りを待っててくれた、誰より優しいこの人を、裏切っている自分を知っているから。






全てを曝け出すことだけはしないと、心に誓った。
懺悔は赦しを請うためのものじゃない。
ただ罪を晒して自分が楽になりたいためだけの行為だ。
赦されるより詰られる方がいいと思えるのは、それが自己満足と知っているからだ。





だから、言葉にはしない。





ただ受け止めて、寄せられた想いを返し、与えられた熱に喘ぐ。






それがどんなに歪んでいると罵られても、向けられたハボックの想いに対する唯一の答え。




エドの中の、たった1つの真実。






























「ぅんっ!…な……も…うっ!……も…っ!………」
「もう……どうして欲しい?エド」
「もう……も………っ!………………も……っと!ジャ……ンっ……−−−っ!」














首を打ち振るごとに乱れる金糸に、宥めるようなキスを1つ贈り、だがぐっと力を込めた腕が抱く腰に、ハボックは己のそれを強く押し当てた。






「や…あぁっ!………はぁ…っ………あ……っん!―――も、イ……っっ!!」
「イケよ、何度でも……俺で………エド……っ……」







青い瞳に映るのは、目を射る鮮やかな金色の乱れる艶姿と、目には映らない心の傷口。


きっと今も真紅の血を流して痛んでいるだろうそこに手を置いて、祈るように癒すように、想いよ届けと撫で上げる。





それこそが、漆黒の青年と同じ仕草であった事には気付かずに、与えられた熱に浮かされてこぼす金の滴は止めどなく流れ落ちていった。











『どんなに辛くても、苦しめていても、もう離せない……から』






だから……………















滾る熱は惜しげもなくエドの体内にその全てを吐き出し、隠された想いは細く鋭い棘と化して、互いの胸の裏に見えない傷を作る。






そこからあふれ出るのが真紅の流れであるのか、罪悪という名の黒い染みであるのかはもう分からずに。













抉られてゆく痛みにこぼす涙は決して、哀しみという単純なものだけでは在り得ないのだった……




























































2006/04/12 脱稿
Sawada Yukari Presents.

………………………終わりませんでした……(滝汗;;;
何でだろう?やっぱりエロ入れちゃったせいかな…(爆)
でももうホントあと少しなので、次で絶対終わらせます!
何としてでも終わらせて、次こそ明るいほのぼのエロ(?)を書きたいです(>_<)!!!!!!!!!
訳分からん暗い話でホントに申し訳ありませ………orz